第13話 神槍継承、星を穿つ誓い

神剣ラグナ・シーから放たれた白銀の衝撃が、

神殿の頂を包み込んでいた灰色の霧を跡形もなく吹き飛ばした。


膝をつき、肩で息をする黄金の神ロボン。

そのすすけた甲冑の隙間からは、

かつての神威がわずかな光となって漏れ出している。


彼は、自身の最強の一撃を受け止め、

なおも揺るぎない瞳で自分を見据えるヌトセ=カームブルを、

静かに見上げた。


「……見事だ。旧神よ、貴様の内に宿るその力……

 もはや神一柱のそれではないな。幾多の魂が重なり合い、

 研ぎ澄まされた『刃』そのものだ」


ロボンはかすれた声で笑い、傍らに突き立てられた灰色の槍――

ブリュム・ゲイの柄に手をかけた。


だが、彼はそれをまだ差し出そうとはしなかった。



神としての、最後の、

そして最も残酷な問いがその唇から零れる。


「だが、ヌトセ=カームブルよ。最後にひとつ聞かせろ。

 ……人間という種は、救うに値するのか?


 彼らは慢心し、富に酔い、弱者を踏みにじる。

 このサルナスの惨状こそが、彼らの本質だ。



 何度救おうとも、彼らはまた同じ過ちを繰り返し、

 自ら滅びの泥沼へと沈んでいく。


 それでも……それでも貴様は、永遠を生きる神として、

 その醜い繰り返しを背負い続けるというのか」


背後で控えていた従者の少女が、息を呑む。

それは、このドリームランドに生きるすべての神々が、

最終的に人間を見捨てた理由でもあった。


ヌトセ=カームブルは、神剣を鞘に納めることなく、静かに遠くを見つめた。


その視線は、サルナスの廃墟を越え、さらに遠い『未来』の、

ある光景を捉えているようだった。



「確かに、人間は愚かだ。

 大いなる流れに身を任せ、自ら考えることをやめ、


 肥大化した組織の中で個を失う者も多いだろう。

 ……だが、すべてではない」


女神の声は、極北の氷原のように澄み渡り、揺るぎなかった。


「絶望的な沈滞の中でも、目を逸らさず、

 冷静に世界を観察し続ける者がいる。


 たとえ孤独であっても、己の信念を掲げ、

 移ろいゆく時代を自らの足で生き抜こうとする…


 『』がいる。

 ……私は、あのアリオン・シーが命を賭して見せた、

 そのわずかな、しかし消えることのない火花を信じているのだ」


「……火花、だと」


「そうだ。一瞬で消える火花だからこそ、

 神が持たぬ爆発的な輝きを放つ。


 私は、その輝きが闇に呑まれるのを良しとしない。

 組織や時代が腐敗しようとも、その中で抗い続ける個の魂

 ……それこそが、私が守るべき唯一の価値だ」


ロボンの瞳に、かつての黄金の輝きが微かに宿った。


女神が求めているのは、

サルナスの再興でも、神としての崇拝でもない。


ただ、深淵の蹂躙から『個の意志』を守り抜くという、

高潔で無謀な誓いであった。



「……ふ。旧支配者の蹂躙を、 その身ひとつで防ぎ止めようというのか。

 ……面白い。よかろう、ヌトセ=カームブル。その覚悟、受け取った」


ロボンがゆっくりと槍を引き抜いた。その瞬間、

灰色の呪いは陽光に晒された雪のように消え失せ、

槍は眩いばかりの黄金の輝きを取り戻した。


「行け、戦乙女よ。過去の亡霊に囚われた私に代わり、

 未来を穿つ光となれ!」


ロボンの手から放たれた槍が、

光の筋となって女神の手へと吸い込まれた。


ヌトセ=カームブルがその柄を握り締めた瞬間、

神殿の廃墟を貫き、黄金の雷光が天へと昇った。



『神槍ブリュム・ゲイ(Brumm-Gey)』。


女神の手の中で、槍はその姿を自在に変容させる。

一突きで時空の壁を穿ち、その穂先は遠く宇宙の深淵、


狂える盲目の白痴神、

アザトースが眠る庭にさえ届くという伝説の真理。


星々の輝きを凝縮したその刃は、もはや武器という概念を越え、

世界を繋ぎ止める『柱』のような威厳を放っていた。



「……これが、ブリュム・ゲイ。

 女神様、あなたが神剣と神槍を手にした時、


 空気の震えが変わりました。……まるで、

 世界そのものがあなたを祝福しているみたい」


少女が眩しそうに目を細める。


ヌトセ=カームブルは、

右手に神剣ラグナ・シー、左手に神槍ブリュム・ゲイを携え、

凛とした立ち姿で、沈みゆくサルナスの太陽を背負った。



「ロボンよ、貴様の槍、確かに預かった。

 私はこれより、人間の住む地へ向かう」


「人間の住む地……

 そこに貴様の信じる『火花』があるのだな」


「ああ。そこには、静かに時代を見渡し、

 旧支配者の影を追いながら生きる者たちがいるはずだ。


 ……待っていろ、アリオン。

 貴様の愛した世界の続きは、私が守り抜いてみせる」



女神は一歩、虚空を踏みしめた。

黄金と白銀の光が交差し、神殿の頂から女神と従者の姿を消し去る。


残されたロボンの表情は、

数千年ぶりに安らかな微笑をたたえていた。


黄金の神は再び石像へと戻っていくが、その心には、

決して滅びることのない新たな『神話』の始まりが刻まれていた。




――第14話へ (名前を付けて下さい……)

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