第03章「雷光の神槍~廃都サルナスの残照」

第10話 神々の黄昏、あるいは更新される力

ドリームランドの空は、

かつて見たこともない禍々しい色に染まっていた。


瑠璃色であったはずの天球には、

粘りつくような黒い霧が血管のように這い回り……


本来そこにあるはずのない、『千の貌』が雲の切れ目から地上を覗き込んでいる。


『這い寄る混沌』ニャルラトホテプの影が、

ドリームランドのことわりを侵食し始めていた。



「……見てください、女神様。空が、まるで腐った果実のようです」


ヌトセ=カームブルの傍らで、白い法衣を纏った少女の眷属――

かつて混沌の端くれであった彼女が、怯えたように空を仰ぎ見た。


カダスの高みに座す……

『地球の神々大いなる神々』たちの威光は、今や風前の灯火である。


彼らは外なる神々の恐怖に怯え、殻に閉じこもり、

その力は日ごとに衰退の一途をたどっていた。


「神々の黄昏(ラグナロク)か。古き神格たちが、

 自らの永遠に胡坐あぐらをかいた報いだ」


ヌトセ=カームブルは、

腰にある『神剣ラグナ・シー』の重みを感じながら、

冷然と告げた。


彼女だけは、迫りくる終焉をただ待つ気はなかった。



「少女よ。今の私には、この剣だけでは足りぬ。

 来るべき旧支配者との決戦……


 宇宙の深淵から這い出し、すべてを飲み込もうとする者たちに抗うには、

 もうひとつの『意志』が必要だ」


「もうひとつの……?

 ラグナ・シー以上の武器があるというのですか」


「伝説の神槍――『ブリュム・ゲイ』。かつて雷光を纏い、

 一突きで星の並びさえ変えたと言われる黄金の槍だ。


 だが、それは数千年前、人間に滅ぼされた呪われし都、

 サルナスの廃墟と共に消えたとされている」


女神の視線は、

霧の向こうに広がる忌まわしきイブの湿原、

そしてその辺縁に沈むサルナスの廃墟へと向けられていた。


かつて栄華を極めたサルナスの都は、

湖に住む異形のものたちの呪いによって一夜にして壊滅した。


その時、都の守護神であった黄金の神ロボンもまた、

槍と共に眠りについたと言われている。



「女神様、なぜ……そこまでして力を求めるのですか?


 あなたは既に、

 旧神の中でも抜きんでた力をお持ちなのに」


少女の問いに、ヌトセ=カームブルは歩みを止め、

自らの掌を見つめた。


「少女よ、神とて不変ではない。

 宇宙の法則が変わり、敵が進化するならば、

 神もまた自らを『アップデート』し続けねばならぬ。


 古い神話に安住する者は、いつか必ず深淵に飲み込まれ、

 忘れ去られる運命にある」


彼女の脳裏には、アリオンの姿があった。

ただの人間でありながら、死の間際まで成長し、変化し、

神の心さえ変質させたあの男。



「私は止まらぬ。この槍を得たのち、

 私はこのドリームランドを去り、人間の世界へ行く」


「人間の世界へ……? あの、アリオン・シーが愛した、

 移ろいやすく、はかい場所へですか?」


「そうだ。あのアリオンが守ろうとした世界の『今』を、

 私はこの目で見なければならぬ。


 そして、もし新たな闇がそこを狙うというのなら、

 私は旧神としてではなく、

 この剣と槍を携えた一人の『守護者』として立ち向かう」


女神の言葉には、

かつての冷徹な『義務』ではなく、熱い『情熱』が宿っていた。

少女は驚きに目を見開き、やがて力強く頷いた。


「分かりました。

 ……いいえ、あなたについて行きます、どこまでも。

 黄金の神ロボンの魂が眠るという、あの忌まわしい廃墟へ」


「ふ、覚悟はいいか。

 サルナスの残照は、生者の精神を容易にむしばむぞ」



二人はカダスの冷たい静寂を抜け、呪われた湖のほとりへと下りていく。


伝説の神槍ブリュム・ゲイを求め、

神が自らの限界を突破するための新たな試練。


腐敗した大気の向こうに、かつての黄金の都の、

無残に崩れた尖塔せんとうがぼんやりと浮かび上がっていた。




――第11話へ (女神様! 離れてください)

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