第09話 終焉から生ずる光、その名はラグナ・シー

洞窟の最奥。もはや岩壁ですらなく、

深淵の狂気に捻じ曲げられた空間が広がっていた。


冷たい闇が渦を巻き、星々の死骸のように輝く破片が漂う。


ここは、かつてアリオン・シーが仲間を失い、

たった一人で踏み込んだ『絶望の端』だった。



「……ここですね。ここから先は、生者の道じゃない」


少女が震える声で言う。白い法衣を纏った彼女は、

恐怖と畏敬で立ち止まった。


ヌトセ=カームブルは沈黙のまま境界の縁に立ち、

すすけた鉄の剣を見つめる。すると、剣が微かに振動を始めた。

心臓の鼓動のように、熱を帯びて共鳴する。



「そうだ、アリオン……お前はここで、

 すべてを背負ったのだな」


女神は剣を地に突き立てた。


洞窟内に充満していた記憶の残滓が、暴風のように巻き上がる。

壁も、地面も、空気も、奔流となって剣へと集中した。


仲間たちの無念、祈り、アリオンの最期の涙……

すべてが一つの流れに変わる。



「女神様! 剣が……光ってます!」


少女が驚きの声をあげる。すすけた鉄の塊が、

内側から白銀の光を放ち始めたのだ。


剣には三つの意志が宿っているように見えた。


一つは、途中で散った仲間たちの願い。

一つは、死を恐れず深淵を駆け抜けたアリオンの不屈の魂。

そして、今ここで剣を抱く女神の深い慈愛。


「貴様たちが守ろうとした世界を、私も守る場所だと定めた」


女神は言い、膨大な旧神の力を剣へ注ぎ込む。


旧神の秩序と人間の泥臭い熱。交わるはずのない二つの極致が、

アリオンという触媒を経て一つになった。


白光が洞窟を満たす。

闇は霧散し、蜘蛛も鳥も影を残せなかった。


光が収まると、女神の手には美しい長剣があった。

白銀の刃には銀河のような紋様、柄にはアリオンの温もりが封じられている。


「……綺麗な剣……。

 これが、あのボロボロの剣だったなんて」少女が息を呑む。


女神は静かに刃を掲げた。その名を、神託のように呼ぶ。



「神剣――ラグナ・シー」


女神の掌に、

確かな重みと、鼓動のような温もりが残っていた。


神の滅びに抗い、星を穿つ意志を継ぐ剣。

人間の可能性と神の力が交わった、唯一無二の武具であった。


「女神様、この剣は……振るうのですか?」少女が尋ねる。


ヌトセ=カームブルは首を振る。

瞳は洞窟の裂け目から差し込む微かな光を見つめている。


「いや。この剣は、人間から預かったものだ。

 アリオンのような愚かで愛すべき勇者が再び現れるその時まで、

 私がこの輝きを、深淵の牙から守る」


女神は神剣を腰に下げ、迷いのない足取りで洞窟を出る。

隣には新たな眷属がおり、背には人間の大いなる魂が宿っている。


洞窟を抜けると、青空が広がっていた。

女神は風を感じ、人間たちの営む現世の空を見上げる。



「さあ、行くぞ。この神剣ラグナ・シーが、

 真の主を必要とする日まで。……旅は、まだ始まったばかりだ」


女神の横顔には、かつての冷徹さはない。


そこには、アリオンから託された『世界を愛する』という重く、

誇らしい信念が宿っていた。




「神剣の胎動~継承された息吹き」完  ――第09話へ

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