第02話 戦わざる戦いの果て

戦闘と呼ぶには、あまりにも一方的な蹂躙じゅうりんだった。

女神が指先をわずかに動かすだけで、重力は歪み、因果いんがは逆転する。


周囲の世界では色彩が反転して、時間が引き伸ばされているようだ。


空間は鋭利な刃のように肉体を襲い、

無機質な岩石は牙を剥く獣へと変じてアリオンを打ち据える。

大気そのものが彼を押し潰す。


アリオンの身体は木の葉のように吹き飛ばされ、

岩壁に叩きつけられた。



「グッ……まだだ。まだ、心は折れておらぬ……!」


骨の砕ける音が静寂に響く。

視界が赤く染まる感覚を感じ血を吐きながらも、彼は止まらない。


肺が焼ける呼吸を感じながら、

震える腕で地面を押し、身体を無理やり起こす。


「――――、」


物理的な力の差は絶望的だった。それでも、奇跡的に致命傷だけは避けている。

負ける戦いであることは、誰の目にも明らかだった。


もちろん、彼自身の目にも。だが、攻撃を受けるたびに瞳はより強く輝く。



「なぜ退かぬ。無意味だと言っている」女神の声は空間を震わせる。


「貴様の信じる正義も愛も、

 この宇宙の暗黒に飲まれれば、一瞬の火花にも満たぬ」


アリオンは荒い息を吐き、剣を握り直す。


「火花で構わない。その一瞬が、暗闇を照らすのだ」


「恐怖なら、とっくにある! 仲間が死に、大地が枯れ、

 愛する者が闇に呑まれる――それが悔しくてたまらない!」


その絶叫が、神殿の冷徹な空気を切り裂く。

アリオンは剣を杖代わりに立ち、不敵に笑う。



「そうか……ならば見せてみよ、無謀なる人間よ」


女神が小さく、しかし確かな興味を込めてつぶやく。


一度、二度、十度。彼の剣が女神の不可視の障壁に触れるたび、

火花が散り、鋼が悲鳴をあげる。


「愚かだな……貴様一人が足掻いたところで、

 世界の破滅は止められぬというのに」


「それでもだ! この一歩が、誰かの希望になるのなら!」


アリオンは何度も立ち向かう。


空間の歪みに身を削られ、精神を蝕む外なる神々の悪夢に晒されながらも、

剣先は常に女神の胸元を向いていた。



その姿を見つめ、

ヌトセ=カームブルの内に奇妙なざわめきが生まれる。

恐怖がないのではない。彼は死を、滅びを、絶望的に恐れている。


それでも、なぜ退かない。

なぜ、これほどまでに脆い命が、不滅の神を前にして折れないのか。


「なぜだ、アリオン・シー」女神の声に、苛立ちが混じった。


「貴様の命が消えれば、愛する世界も貴様にとっては無に等しい。

 なぜ個の消滅を厭わぬのだ?」


アリオンは剣を握り直し、荒い息を吐く。


「命は……道具じゃない。たとえ一瞬でも、

 この一歩で誰かの明日を変えられるなら、それで充分だ!」


女神はしばらく黙したまま、アリオンを見下ろす。

そして低く、しかし響く声で言った。


「……興味深い。お前の意志が、ここまで我を揺さぶるとはな」


神と人間――二つの意志が、互いにぶつかり合う。

戦わざる戦いの果てに、何が残るのか。




――第03話へ (預かってほしい……)

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