哀慈の瞳 ~ 旧神の女神は何を観るのか |【アリオン・サーガ前日譚】

NOFKI&NOFU

第01章「星霜の果てに遺された剣~星を穿つ意志」

第01話 人間の勇者

『人間が容易に辿り着けるような場所ではない』


美しくも狂気に満ちた夢の都、『カダス』。

一目見ただけで脳が焼けるような異形の幾何学建築きかがくけんちくが、

凍てつく荒野の果てにそびえ立っていた。


同時に、凍てつく荒野の奥にそびえる『カダス山』の頂には、

恐るべき魔境が広がっていた。



いつからそうしていたのか、薄暗い神殿の奥底。

凍てつく空気と静寂が支配していた。


地球に味方する高次元の存在。

女神ヌトセ=カームブルは一本の剣を見つめていた。


それは神々の手で鋳造された宝具ではない。人間の手で叩き出され、

幾多の魔を切り裂き、主の血と脂を吸ったすすけた鋼の塊である。


「……まもなく、お前を還す時が来る」


白金の艶やかな髪をなびかせながら、女神は神殿を出る。

この剣を、あるべき場所へ――再び人間たちの手に戻すために。


未知なるカダスを進む彼女の背中は、もはや冷酷な神のそれではない。

一人の人間の信念を背負った、真の『守護者』の姿であった。


指先が、今は亡き男の温もりを捜すように剣の柄を撫でる。


記憶は数千年の時を遡り、

あの『無謀な戦い』へと回帰していく。


その領域には、時間も空間も意味を成さない。

現世うつしよと深淵の境界……カダスであった。




――――――


立ち込める霧は致死の冷気を孕み、

名もなき異形の神性が這いずる暗黒の地。


旧神ヌトセ=カームブルは、数億年もの孤独を貪っていた。


外なる神々の狂気から、

宇宙の秩序を辛うじて繋ぎ止める冷徹な守護者。


地上の矮小な生命体など、石ころに付着した苔と大差ない。


だが、その日は違った。


霧を割り、金属の擦れる音と――

あまりにも不釣り合いな『熱』を帯びた足音が、

神域を侵犯した。



「……何者だ」


その声は音ではなく、精神を直接震わせる高次元の波動である。


現れたのは、一人の男。鎧は砕け、皮膚は冷気に侵され、

満身創痍まんしんそういの姿で立っていた。


しかし、その瞳だけは違った。暗黒の宇宙に灯る恒星のように、

ただ一つ、折れていない光を宿している。



「カダスを統べる太古の旧神の一柱とお見受けいたす。

 私はアリオン・シー。地上の、ただの人間だ」


「……ただの人間、か」


女神の声に、微かな興味が滲む。


「それで、何ゆえ我が神域に足を踏み入れた?」



アリオンは一瞬、視線を伏せた。


――捨ててきたものは、数えきれない。


恋人は、理解不能な悪意に触れられ、

人の形のまま壊れた。


家族は夜の中で正気を失い、

祈りと叫びだけを残して消えた。


英雄譚に語られる戦いなど、何もなかった。

剣も勇気も、『外なるもの』の前では意味を成さなかった。


それでも、私は生き残った。だからこそ知ったのだ。

人間の力だけでは、この世界は救えない。


アリオンは顔を上げ、女神を見据える。



「不敬を承知で願う。人間のために……いや、

 この地上で明日を信じて生きる全ての者のために、

 貴方の力を貸して頂きたい」


女神は鼻で笑った。


「笑わせるな。

 我ら旧神にとって、地上の営みなど泡沫うたかたに等しい。

 消えゆくものに、なぜ永遠なる者が手を貸す?」


アリオンは古びた剣を抜く。

それは神の皮膚を撫でることすら叶わぬ、ただの鉄の塊。


だが、その剣を握る手に、迷いはなかった。


「もし、私の魂と引き換えに、

 この世界に抗う意志を残せるのなら――それで構わない」


深淵の闇に呑まれることなく、燃える魂が、女神の前に立つ。


「では……その剣で、私を試すつもりか、人間よ?」


アリオンは剣を構え、短く息を吐いた。


「試される覚悟はある。だが、私の願いは――

 試練の、その先にある」



そう言って、踏み出そうとしたアリオンだが、

一歩たりとも前に出られなかった……。




――第02話へ (戦闘と呼ぶには、あまりにも……)

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