相談はまだ始まらない

翌日の朝、教室はいつも通りだった。

黒板の前で騒ぐやつ、机に突っ伏しているやつ、スマホをいじって注意されているやつ。

昨日のことが、夢だったみたいに思えるくらい、いつもの日常であった。


……いや、一つだけ違った。


「青木くん」


名前を呼ばれて、反射的に顔を上げる。

七瀬紗月が、俺の席の横に立っていた。


「おはようございます」

「お、おはよう」


それだけのやり取りなのに、周りの視線が一瞬集まった気がした。

彼女は周りの様子もおかまいなしに、軽く会釈して自分の席へ戻っていく。


(昨日の続き…………はないよな……?)


勝手に意識してる自分が、少し馬鹿らしい。


その後、隣の席の佐々木に先ほどの事を根掘り葉掘り聞かれたが全て黙秘して乗りきった。



―――――――――――――――――――――――



昼休み


パンをかじりながら、俺は窓の外を眺めていた。


「青木くん」


まただ。

今度は、ちゃんと用がありそうな雰囲気だった。


「昨日のことなんですけど」


「昨日?」


一応、とぼけてみる。


「放課後の……」

「ああ」


忘れるわけがない。


「今から少し話せますか?」


「……まあいいけど」



七瀬は小さく笑った。


「はい、それで十分です」



校舎内の人が少ない第二校舎の空き教室。

静かで、落ち着く場所だった。


「昨日は、ありがとうございました」

「別に何もしてないけど」


七瀬は首を振る。


「いえ。ちゃんと、もう一度言いたくて」


少し間があって、彼女は続けた。


「私、人に相談するのが苦手で」

「そうは見えないけど」


クラスでも普通に話してるし、友達も多いはずだ。


「本当に困ったことほど、言えなくなるものです」


そう言って視線を空の方へ向ける。


「だから……その……いきなり悩みを相談するのが怖くて」

「それで、昨日は話さなかった?」

「はい」


あっさり認められた。


(なぜ俺に相談した?)


当然の疑問が脳裏を巡る。が七瀬さんは再び話し始める。


「青木くんは、無理に聞き出さないから」

「……そうか」


褒められているのかどうか、よく分からない。


「なので」 七瀬は少しだけ、こちらを見る。


「もう少し、段階を踏んでもいいですか?」


段階?


「つまり?」

「雑談から、で」


思っていたよりも、ずっと普通な提案だった。


「それなら、別にいいけど」

「よかった」


その一言が、昨日よりも自然だった。

チャイムが鳴る。


「続きは、また放課後にでも」

「了解」

「では、今後もよろしくお願いします」


彼女はそう言って、教室へ戻っていった。

俺も授業に遅れるわけにはいかないので小走りで教室へ戻る。


(まだ、相談内容すら聞いてないんだが?)


いったいいつになったら打ち明けてくれるのか。


目立つつもりはない。

深入りする気もない。

早く相談だけ聞いて終わりにしたい、そう思った今日この頃であった。

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