恋愛相談に乗っていただけなのにいつの間にか本命になっていた件

はるさめ

始まりにもならない始まり

その日は、特別なことのない放課後だった。

授業が終わり、教室には帰り支度の音だけが残っている。

椅子を引く音、カバンのファスナー、誰かの笑い声。

俺――青木悠真は、机の中を確認してから立ち上がった。


「青木くん」


呼ばれて、振り返る。

七瀬紗月が立っていた。

それだけで、教室の空気が少し変わった気がしたのは、たぶん気のせいだ。


「なに?」

「今、少し時間ありますか?」


急いでいるようにも、困っているようにも見えない。

ただ、決めてきたみたいな声だった。


「特に予定はないけど」

「……よかった」


それだけ言って、彼女は歩き出す。

俺は少し迷ってから、後を追った。



―――――――――――――――――――――――



校舎裏のベンチに並んで座る。

会話は、すぐには始まらなかった。

遠くで運動部の声がする。


「静かですね」

「そうだな」


それきり、また沈黙。


(……何の用だ?)


聞こうと思えば聞けた。

でも、なぜか待った方がいい気がした。


「青木くんって」

「うん?」

「人の話、ちゃんと聞いてくれます……よね?」


唐突だった。


「そうかな」

「この前、クラスで……佐々木くんが悩んでた時」


ああ、あの時か。

相談相手が彼女のプレゼントに悩んでいたので一緒に考えただけ。大したアドバイスもしていない。


「一緒に考えただけだ」

「それが、できない人もいます」


七瀬はそう言って、膝の上で指を組み直した。


「実は……私、少し悩んでいることがあって」


声は小さかったけど、はっきり聞こえた。


「悩み?」

「はい。でも、今すぐ解決したいとかじゃなくて」


それなら、なおさら俺でいい理由が分からない。


「ただ、誰かに聞いてほしくて」


俺は少し考えて答える。


「俺でよければ、聞くよ」

「ありがとうございます」


深くも浅くもない、ちょうど中間の返事。

それが、彼女にはよかったみたいだった。


「今日は……それだけで大丈夫です」

「え?」

「話せたので」



拍子抜けするくらい、あっさりと会話が終わった。


「今日はありがとうございました」と一方的にお礼を言われ七瀬さんは去っていた。


(いったいなんだったんだ……?)


分けがわからない。そんなモヤモヤした気持ちを抑えて俺も帰路につく。

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