第2話:『初デートはマルイ。アンドロイドの女子力(物理)に俺のライフはゼロ』
昨夜、俺はアンドロイドのエナと出会った。
そして、一緒に寝た。
いやいや、違うだろ。
そもそもAIは寝ないから。
自分の額に「充電中」というホログラムを浮かべて、直立不動で寝ていたエナを見た時は、ガチでホラーかと思った。
だが、朝起きてキッチンに行くと、そこには2080年の最新科学が作り出した究極の朝食が並んでいた。
「おはようございます、カイ様。志木市特産のカッパ麺をベースにした、高タンパク・低カロリーの『失恋回復スープ』です。味は...まあ、泥水よりはマシなはずです」
「はあ?お前の味覚、高坂の山に埋めてこいよ。なんで朝から泥水をススらなきゃいけないんだよ」
俺は文句を言いながらも、一口すする。
味は、意外にも悪くない。
いや...悔しいが、鬼ウマい。
エナは俺の顔を覗き込み、満足そうに瞳のセンサーをピコピコと点滅させた。
「今日はリハビリ・ステップ2です。失恋の特効薬は、新しい女との華やかなデート。というわけで、志木駅前のマルイに行きましょう。あ、軍資金はカイ様のPayPay志木市ポイント連動版から引き落としておきました」
「勝手に俺のカッパポイントを使うな! あれは掃除ボランティアで、必死に貯めたやつだぞ!」
結局、俺はエナに引きずられるようにして家を出た。
今日は日曜日。
2080年の東武東上線志木駅前。
マルイデパートの壁面では、池袋の人気アイドルがホログラムで踊っている。
でも、よく見ると解像度が低くて、少しカクついてる。
こういう『あと一歩足りない感じ』が、いかにも志木だ。
「カイ様、見てください! 3階のファッションフロアに、2020年代レトロの量産型コーデが売ってます。今の私の制服より、あっちの方が男子の心拍数を20%アップさせる計算ですよ」
「計算で服選ぶなよ...。まあ、お前がその変な制服を脱いでくれるなら、何でもいいけど」
店内に入ると、人工知能による自動接客ロボがスリ寄ってくる。
でも、エナが何か見えない信号を送ったのか、ロボはギギッ...と音を立てて、回れ右して逃げていった。
「エナ、今何したんだよ」
「縄張り争いです。このエリアの接客権は、今、私が独占しました。さあカイ様、私に最高にエロい服を選んで、ミオとかいう女への未練を柳瀬川にポイ捨てする準備をしてください!」
「はぁ......。はいはい」
「心拍数が50%上がる、際どい下着もです!」
エナはノリノリだ。
俺は溜息をつきながら、適当なミニワンピを手に取る。
その時だった。
「あれ? カイじゃん。何してんの、こんなところで」
背筋に、氷を入れられたような戦慄が走った。
聞き覚えのある、少し高圧的で、でも悔しいくらい甘い声。
振り返ると、最新の池袋トレンドで身を固めたミオが立っていた。
隣には、いかにも「大宮のインテリです」という顔をした、眼鏡の男を連れている。
「ミッ、ミオ...」
「え、うそ、もしかして買い物? めずらし、っていうか一人で?あ、もしかして、フラれたショックで自分磨きとか始めちゃった感じ?」
ミオはクスリと笑った。
隣のインテリ男も、哀れみの目で俺を見ている。
俺の心は、今や新宿駅の乗り換え通路くらい迷子になっていた。
何か言い返さなきゃいけない。
でも、言葉が出てこないのだ。
「あっ、歩き方は、まだ志木のままだね。安心した」
ミオが追い打ちをかけるように言った。
その瞬間。
「失礼します。その歩き方は『志木』ではなく、『柳瀬川のせせらぎに調和した次世代のエコロジー・ウォーク』です。訂正してください」
エナが、俺とミオの間に割って入った。
声のボリュームが、いつもより明らかにデカい。
でも、無表情...
だが、その瞳の奥の青い光は、間違いなく過電流を起こしている。
そう、火花が散るぐらいに...
「え、何...この子。カイの新しい彼女? っていうか、なんか変じゃない?」
ミオが不審そうに、エナを指さす。
エナは一歩踏み出し、ミオの顔の数センチ横まで自分の顔を寄せた。
「私はカイ様のリハビリ・パートナーです。あなたの認識能力では理解できないかもしれませんが、今のカイ様の隣には、あなたのような賞味期限切れの旧型感情が入り込む隙間はありません。あっ...今の、ガチでディスってます。ウケますよね?」
エナは満面の笑みで、爆弾を投げつけた。
マルイのフロアに、凍りついたような沈黙が流れる。
「な、何なのよ、この子! カイ、あんた本気なの!? こんな...こんな変な子と!」
「変なのは、お前の性格だろ」
俺の口から、無意識に言葉がこぼれた。
自分でも驚くほど、冷めた声だった。
「えっ?何それ...」
「ミオ、お前の言う通り、俺の歩き方は志木だよ。でも、志木の何が悪いんだよ。お前が池袋に行きたきゃ勝手に行けばいい。俺は、こいつとここで、泥水みたいなスープ飲んでる方がマシだわ」
エナが俺の言葉に反応して、パッと瞳を輝かせた。
ミオは顔を真っ赤にして、吐き捨てた。
「最低!!!」
と叫ぶと、インテリ男の手を引いて、エスカレーターを駆け下りていった。
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嵐が去った後の、ファッションフロア。
俺はガクガクと震える膝を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。
そもそもが、女の子に強く物が言えるような男じゃないのよ。
とても俺の口から出た言葉とは思えず、自分自身にガクブルってしまった。
「カイ様...今のセリフを録音しました。最高にダサくて、でも最高にエモかったです。市民ホールで24時間、リピート再生する価値がありますよ」
「うるせえよ。死ぬほど緊張したんだぞ、こっちは」
「でも、心拍数が安定しましたし、リハビリの成功確率も3%上昇しました。カッコよかったです!」
エナはそう言って、俺の隣にしゃがみ込んだ。
彼女の体からは、機械特有の熱が伝わってくる。
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2080年の志木。
失恋の傷は、まだ消えない。
でも、隣にいるこのポンコツの温度だけは、確かに本物なのだ。
「なあ、エナ。次は朝霞台まで行こうぜ。乗り換えの練習じゃなくて、ウマいラーメン食いに」
「了解です。 志木から出た瞬間に私のバッテリーが30%削れますが、カイ様のためなら、朝霞台のホームで燃え尽きても本望です!」
「って、それガチで死ぬやつじゃねえか。やっぱ志木から出ないでおこう」
志木から出るだけで、30%バッテリー減。
税金で動いてる以上、避けられない事実なのだ。
俺たちは、マルイの窓から見える、少し古びた志木の街並みを眺めていた。
180日というカウントダウンは、着実に、俺たちの足元を削りながら進んでいる。
「ねえ、カイ様。私、ラーメン食べてみたいです」
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