フラれた理由は歩き方が志木?超絶美少女アンドロイド(リハビリ用)と過ごす世界で一番切ない180日

ソロ活@自由人

第1話:『志木駅東口、ホログラムのカッパに笑われた日』

「カイ、ごめん。もう無理。なんか、カイの歩き方って、ガチで『志木』なんだよね」



2080年、埼玉県。


東武東上線、志木駅東口のカッパ像は、相変わらずマヌケな顔をしていた。



そして、同じくマヌケな顔の俺は、ほんの5分前。


10年連れ添った幼馴染のミオに、カッパの前で盛大にフラれた。



といっても今のカッパは、ただの石像じゃない。


市制110周年(くらいだった気がする)を記念してアップデートされた、超高精彩ホログラム・カッパだ。


空中を浮遊しながら、通行人に「志木市のふるさと納税、ガチでお得だっパ!」とか、かなりうざい営業トークをぶちかましてくる。



ていうか、うるせえよ、カッパ。


たしかに、俺の納税額はゼロだ。


だって高校生だからな。


それより、俺の人生の幸福度が、マイナス100万ポイントを突破した責任を取ってくれ。


「終わったわ...俺の青春。志木のゴミ集積場より、見事に汚い幕引きだったな」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


俺の名前はカイ。


県立志木高に通う、自称・絶望と自虐のプロだ。


今、俺は志木駅の改札前で、膝から崩れ落ちそうなのを必死に堪えている。



理由は、たった一つ。


5分前に、10年連れ添った幼馴染のミオ、つまり彼女にフラれたから。


「カイ、ごめん。付き合うのなんて、もう無理。なんかカイの歩き方って、ガチで『志木』なんだよね。もっとこう、朝霞台の乗り換えみたいなスピード感が欲しいっていうか、池袋の東口みたいなキラキラした感じが足りないっていうか。とにかく、私、大宮のインテリ大学生と付き合うことにしたから。じゃあね、バイバイ!」


彼女は、そう言って俺を捨てた。



大宮の大学生だと?


インテリかよ。


キラキラかよ。


ていうか、歩き方が志木、ってなんなんだよ!


柳瀬川の土手を、泥だらけの長靴で歩いてるような足取りに見えるってことか?


俺の歩行スタイルは、そんなに各駅停車並みの鈍足だったのか?



とにかく俺の心は、今や北坂戸駅の連絡通路くらい冷え切っている。


あそこ、冬場はガチで風が吹き抜けて地獄なんだよ。


「あー、死にたいわ。志木駅の東口からダイブして、マルイの看板に激突して華々しく散りたい」



そんな自虐のフルコースを、脳内で堪能していた、その時。


「あの、すみません。傷物(きずもの)のカイ様で間違いないでしょうか?」


鈴を転がしたような、でもどこか無機質な声。


見上げると、そこには一人の少女が立っていた。



えっ...



いや、かわいいんだけど。


いやいや、超絶かわいい!


いやいやいや、超絶美少女!!


やばい、かわいすぎるぞ、これ...


というか志木の偏差値では、絶対に説明がつかないレベルの美しさ。



令和の時代に流行ったらしい、クラシックなブレザーの高校女子制服。


ミニスカートから、スラリと伸びる細い脚。


サラサラで、ツヤツヤの長い黒髪。


控えめに輝くピアス。


そして、ビー玉みたいに透き通った、吸い込まれそうに大きな瞳。


だが、その瞳の奥には、最新型の光学センサー特有の、わずかな青い光が瞬いていた。



「傷物だと? 誰が中古のスマホ扱いなんだよ!」


俺は地面に這いつくばったまま、精一杯の強がりを吐き出した。


でも正直、少女のあまりの美しさで、なにを言ったのかすら覚えてない。



少女は、俺の隣で浮遊しているホログラム・カッパを一瞥。


続けて、慣れた手つきで、パチンと指を鳴らす。


するとカッパが、「あ、お疲れっパ……」と呟いて消えた。



え?


なに今の...


志木駅のカッパって、行政の許可なく消せるの?



「自己紹介が遅れました。私はエナ。型番はR-180。志木市失恋特区におけるリハビリ・パートナーとして、あなたの元に派遣されました」


エナと名乗った少女は、スカートの裾を掴んで優雅にお辞儀をした。


その動きは、あまりにも滑らかで、あまりにも人間らしくて、逆に鳥肌が立つ。


「リハビリ・パートナー? アンドロイドかよ」


「はい。ガチもんのアンドロイドです。最新のAIを搭載しているので、会話のキャッチボールも、エモい比喩表現も自由自在。あなたのズタボロになった自尊心を、志木駅前の再開発並みに、綺麗に整えるのが私の任務です」


彼女は真顔で、とんでもないことを言った。



いや、突然のことではあるが、実は心当たりはある。


俺が女の子にモテないのは、今に始まったことじゃない。


あまりにもモテない俺を心配して、母親が勝手に申し込んだと言ってたっけな。


「失恋リハビリ支援」のβテストに。


何しろ志木市は、政府指定の失恋リハビリプログラム特区なのだ。


母親は、俺が近い将来、ミオにフラれることも、ある意味じゃ予想していたのだろう。


それで、今日、このアンドロイド美少女が現れたわけだ。


フラれた5分後という、信じられない超速で。



「いらねえよ。俺の傷は深いんだ。越生(おごせ)の山奥まで続いてるんだ。アンドロイドに何がわかる?」


「わかりますよ。たとえば、今のあなたの心拍数は、急行待ちをしている時のもどかしさと、お気に入りのラーメン屋が定休日だった時の絶望が混ざり合っています。あっ、今のたとえ、ちょっと志木っぽくてエモくないですか?」


エナは誇らしげに胸を張った。



うーん、こいつは、かなりウザいぞ。


アンドロイドのくせに、俺の自虐スタイルをパクってきやがった。


「とにかく、俺に構うな。俺はこれから柳瀬川の底に沈んで、カッパの餌になる予定なんだ」


「それは困ります。私の契約期間は180日。その間に、あなたが次の恋へ向かえるようリハビリを完了させないと、私はスクラップとして、北浦和の廃棄物処理センターに送られちゃうんです」


「えっ、スクラップ?」


「はい。志木市の予算はシビアですから。成果の出ない機体は即、再利用、リサイクルです。私の心臓バッテリーを、志木市役所の電光掲示板の予備電源にされるのは、流石にプライドが許しません」


彼女は少しだけ悲しそうに、でも冗談めかして笑った。


その笑顔が、あまりにも切なくて、思わずドキッとする。


さっき俺をフッたミオよりも、ずっと人間らしく見えてしまったのが悔しいが...


「180日ねぇ。半年か」


「はい。180日経てば、私はあなたの前から消えます。それがルールです」



志木駅のホームに、電車の到着を知らせるメロディが響く。


2080年。


世界は変わったけれど、この街の中途半端さだけは、ちっとも変わっていない。


「わかったよ。180日間、俺の茶番に付き合えよ。エナ...だっけ?」


「はい、エナです。了解しました。ガチで頑張りますね、カイ様!」


彼女は、この街の中途半端さを消去するかのように、にっこりと微笑んだ。


こうして、俺と賞味期限付きのリハビリ用彼女の、180日間が始まった。



志木駅東口。


消えかかったホログラムのカッパ。


最後にもう一度だけ、


「恋をしろっパ……」


そう、呟いた気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「で、なんでお前、俺の後ろを、30センチ間隔でキープして歩いてるわけ?」


志木駅の改札を抜け、マルイの脇を通って自宅のアパートへ向かう道すがら、俺は背後に問いかけた。


エナは、軍隊の行進みたいな正確な足取りで、ピタリと止まる。


「リハビリ・ガイドライン第4条です。被験者のパーソナルスペースに侵入し、孤独感を物理的に抹殺すること。今のカイ様の背中は、秩父の無人駅くらい寂寥感(せきりょうかん)が漂っていますから」


「たとえが具体的すぎて刺さるんだよ。ていうか、その歩き方やめろ。通行人が『あいつ、美少女にストーキングされてね?』って顔で見てるじゃんか」


実際2080年の志木は、自動運転のシニアカーと清掃ロボットが我が物顔で走る、静かな隠居の街だ。


そこに、絶望顔の男子高校生と、軍隊歩きの美少女アンドロイド。


目立たないわけがない。


「安心してください。私のステルス・モードを使えば、周囲からは私が、志木市指定の可燃ゴミ袋に見えるよう、ホログラムを上書きできます。やりますか?」


「余計目立つわ! どんな高度な技術をゴミ袋に割いてんだよ」


俺は深いため息をつき、自宅近くの柳瀬川に架かる橋の上で足を止めた。


夕暮れ時。川面には、遠い浦和のビル群に反射した赤い光が、まるで血のように滲んでいる。


「なあ、エナ...お前、さっき『180日経てば消える』って言ったよな」


「はい。私のメモリは、180日目の24時をもって完全消去されます。私の存在自体が、あなたの失恋というバグを修正するための、パッチファイルに過ぎませんから」


エナは橋の欄干に手をかけ、遠くを見つめた。


その横顔は、2080年のどんな精密なCGよりも美しく、そして冷たかった。


「じゃあさぁ...もし俺がお前を好きになっちゃったら、どうすんだよ」


自分でも驚くほど、情けない声が出た。


フラれたばかりの反動だろうか。


それとも、このアンドロイドが放つ期限付きの輝きに、無意識に当てられたのか。


エナは、ゆっくりと俺を振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。


「ガチで言ってます? カイ様、今のセリフ、大宮のインテリ大学生でも言わないような激甘ポエムです。録音して、朝霞台駅の構内放送で流しましょうか?」


「やめろって!死ぬから。 社会的に抹殺されるから!」


「てへっ...安心してください。私がそうならないよう、システムがちゃんと機能します。100日を過ぎる頃、あなたはきっと、私を志木の不法投棄ゴミと一緒に捨てたくなるはずですから」



その言葉の真意を、当時の俺はまだ知らなかった。


彼女に組み込まれた『嫌われプログラム』が、どれほど残酷に、俺たちの心を切り裂くことになるのかも...



「さあ、帰りましょう。まずはカイ様の部屋を大掃除して、ミオとかいう女の残像を、物理的に消し去るのが、私の初仕事です!」


「勝手に部屋に入るな! あと、捨てていいのはミオの私物だけで、俺の歴史的価値があるエロ本は触るなよ!」


「21世紀の遺物ですね!スキャンして全世界のネットワークに...」


「やめてえぇぇぇぇぇ!!!」


俺たちは、2080年の志木の静寂を切り裂くような声を上げながら、茜色の坂道を登っていった。


これが、世界で一番切なくて、一番やかましい180日の本当の始まり。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その夜。


俺のスマホに、ミオから一通のメッセージが届いた。


『新しい彼氏と大宮の高級ホログラム・レストランに来てるなう。カイも、志木で頑張ってね(笑)』


俺はスマホをベッドに投げ捨て、なぜか「充電中」という文字を額に浮かべて寝ている(?)エナの寝顔を見た。


「頑張れるわけねえだろ...バカ」


志木の夜は、2080年になっても、どこまでも静かで、どこまでも孤独だった。


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