第2話
「重い? ああ、ごめん。驚かせてしまったね」
銀髪の王子様——皇零華(すめらぎ れいか)は、おどけたように肩をすくめて私を解放した。
支えを失った私の体は、生まれたての小鹿のように頼りなく震える。彼女は私の反応を気にする様子もなく、その場に屈み込むと、地面に散らばった私の鞄の中身を拾い集め始めた。
「ほら、これ。……アニメのストラップ? 可愛いね。君、名前は?」
彼女が指に引っ掛けて持ち上げたのは、私が深夜に三時間並んで手に入れた、推しキャラのラバーストラップだった。
ああっ、やめて。そんな、後光が差すような美貌の持ち主に、私のドロドロとした欲望の結晶(オタグッズ)を見せないで。
「……お、とがめ……かなこ……」
「オトガメさん? へぇ、変わった名前だ。音の亀、か。なんだか風流だね」
風流?
いや、ただの"お咎め"だろう。私の人生を象徴するような、罰ゲームみたいな名前なのに。
この人は、私の名前すらポジティブに変換してしまうのか。太陽属性が強すぎる。
このままでは私が蒸発してしまう。
「じゃあね、佳奈子ちゃん。また後で」
「…………え?」
今、下の名前で呼ばれた?
呆然と立ち尽くす私を置いて、銀髪の残像を残しながら、彼女は風のように去っていった。周囲の生徒たちが「今の、皇さんだよね?」「朝から神々しすぎ……」とざわついているのが聞こえる。
……また後で?
その不吉な予感は、一時間目の教室で現実のものとなった。
「えー、今日からこのクラスに編入することになった、皇零華だ。よろしく」
教室の空気が、物理的に震えた気がした。
教壇に立つ彼女は、朝の光を背負って立っていた。
銀色の髪が、蛍光灯の下でさらに白く、透き通るように輝いている。
女子生徒たちの黄色い悲鳴に近い吐息。男子生徒たちの圧倒されて言葉を失ったような沈黙。
その中心で、彼女は自信に満ち溢れた視線を教室中に走らせ——そして、窓際の後ろから二番目、壁と同化しようとしていた私を見つけて、いたずらっぽく片目を細めた。
(嘘でしょ……)
心の中の私が、頭を抱えて机を叩く。
なぜだ。なぜ私の平穏なモブ人生にこんなイベント用キャラクターみたいな人間が混じってくるのか。
1時間は3600秒。
彼女が転校してきたことで私の残りの高校生活における平穏な一秒の価値は、暴落を免れないだろう。
「皇の席は……ああ、音亀の隣が空いてるな。
音亀、色々教えてやってくれ」
担任の無慈悲な宣告。
クラス中の視線が、一斉に私に突き刺さる。痛い。視線が物理的な質量を持って、私の胸を圧迫する。
「よろしくね、佳奈子ちゃん」
隣の席に座りながら、彼女は小さな声で囁いた。
「佳奈子ちゃん」の五文字が、鼓膜を震わせて脳に直接響く。脳イキしてしまいそうだ。
「…………っ」
私は返事をする代わりに、教科書で顔を隠した。
返事なんてできない。だって、彼女の制服の隙間からチラリと見えた鎖骨があまりに綺麗で、さっきの密着した感触を思い出してしまったから。
自己肯定感が地の底を這う私にとって、こんな『光の化身』みたいな存在は、毒でしかないのだ。
けれど、私の困惑をよそに、彼女の手が机の下でこっそりと私の制服の裾を引いた。
「さっきの挨拶。まだ返してもらってないよ?」
「……な、に……が……」
「おはよう、佳奈子ちゃん」
至近距離で囁かれる、銀髪王子様からの「おはよう」。それは、私の1時間を1000円以上に価値のあるものに変えてしまうような、暴力的なまでの甘さを含んでいた。
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