後編

ざわめきはしばらく続いたが、やがて王子レオンが手を上げて制した。


「…まあいい」


まあいいのか?


「確かに想定外ではあるが、魔術が選んだのは彼だ。であれば、それに従おう」


王子の言葉に、周囲はしぶしぶといった様子で静まる。

魔術師も咳払いをして、話を続けた。


「“姫様”には結界を張っていただききます」


「結界を張るのに、時間はどれくらいかかるんですか?」


恐る恐る聞くと、魔術師は指を折って考える。


「準備を含めても、数分ほどかと」

「数分」


その言葉を聞いた結衣が、今度は別の意味で驚いた顔をした。


「え、それだけ?」


レオンがうなずく。


「結界自体は一瞬だ。半世紀に一度だから大仰に見えるが、儀式は簡単だぞ」


…思ったより、軽い。


そこで、奏はふと現実的な問題を思い出した。


「あの、すみません」


「どうした?」


「私たち、これから買い物に行くところだったんですけど」


一瞬、沈黙。


レオンはきょとんとした顔でこちらを見た。


「…そこか?」


「そこです」


真剣だった。


結衣もうなずく。


「待ち合わせとかはしてないですけど、予定があるので」


王子は数秒考えたあと、にやりと笑った。


「安心するといい」


そう前置きして、説明を始める。


「異世界から来た姫様は、結界を張り終えたあと、元の世界へ帰ることができる」

「帰れるんですね」

「それだけでなく――次の姫様が現れるまで、行き来も可能だ」


…ほう?


「行き来、できるんですか?」


「できる」


あっさり。


「魔術陣を通った者なら、出入りは問題ない。姉君も一緒に来たのだろう?なら、同じだ」


結衣と顔を見合わせる。


「…意外と緩い」

「ね」


もっと重たい使命とか、人生変わる覚悟とか、そういうのを想像していたのに。


「では、やってもらおうか」


魔術師に案内され、奏は大広間の中央に立たされた。

床に新たな魔法陣が浮かび上がり、淡く光る。


「特別な詠唱などは必要ありません。選ばれた方が、結界を“張る”と意識するだけで」


言われるまま、目を閉じる。


結界を張る。

この国を、守る。


そう意識した瞬間――。


空気が震えた。


光が一気に広がり、そして、すっと収束する。


「…終わりました」


魔術師の声で目を開けると、魔法陣は消えていた。


「え、今ので?」


「はい」


数分どころか、数秒だった。


周囲から拍手が起こる。

どうやら無事成功したらしい。


「助かったぞ、姫様」


レオンがそう言って微笑む。


「んん…一応言っておきますけど、男ですからね」


「分かっている」


王子は楽しそうだった。



その後、帰還の方法と、行き来の仕方だけを簡単に教わった。

要は、専用の魔法陣を使えばいいらしい。


「では、また会おう」


レオンの言葉を最後に、奏と結衣は再び光に包まれ――。


気づけば、奏の部屋に戻っていた。


「…戻ってる」


さっきまでの出来事が嘘みたいに、鏡も服も、元のままだ。


「時間…」


スマホを見ると、ほとんど経っていない。


「普通に買い物行けるね」

「行けるね」


というわけで。


二人は何事もなかったかのように外出し、楽しくショッピングをした。



それからというもの。


奏と結衣は、たまに異世界へ行くようになった。


向こうの服飾文化は独特で、色使いや装飾が新鮮だ。

市場を歩いたり、城下町を眺めたり、雰囲気を楽しむだけの日もある。


「この国のドレス、やっぱり可愛いね」

「ね。構造が面白い」


異世界で得たアイデアを、現代のコーデに取り入れることも増えた。


レオンは会うたびに「姫様」と呼ぶが、訂正するのも面倒なので最近は流している。

魔術師には、いまだに申し訳なさそうな顔をされる。


でも、特に問題はない。


世界は救われ、日常も続く。


「姉さんとの外出先、増えたね」

「ラッキーだね」


結衣が笑う。


奏も、鏡に映る自分を見て微笑んだ。


――女性らしいものが好きな男が、異世界を救う姫様をやることになった。

そんな人生も、案外悪くない。


そう思える日々を、二人は今日も気楽に楽しんでいる。

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私が姫様?いや、男なんですけど… Juri @Juri_0715

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