私が姫様?いや、男なんですけど…

Juri

前編

かなでは、いわゆる女性らしいものが好きだった。

メイクも、服も、髪形も。鏡の前で色を合わせたり、今日はどのリップにしようか悩んだりする時間が、純粋に楽しい。


苦労がないかと聞かれたら、まあ、ある。

でも人間、生きていれば何かしら苦労はするものだ。奏の場合、それがたまたま「好きなものが女性らしい」というだけで。


幸い、家族はいいね!と笑って意思を尊重してくれる人たちだった。

特に姉の結衣ゆいとは仲が良い。二つ上の姉で、少し世話焼きだけどさっぱりした性格だ。服を一緒に見に行ったり、新作コスメを試したり、出かけることも多い。



その日も、結衣と一緒に買い物に行く予定だった。


「うーん…こっちかな」


鏡の前でトップスを当てながら、奏は首をひねる。今日は少し甘めにするか、それともシンプルにまとめるか。スカートにするか、パンツスタイルにするか。


「決まらない…」


そう呟いた瞬間だった。


――足元が、淡く光った。


「…え?」


床に、見覚えのない幾何学模様が浮かび上がっている。円と線が重なった、ゲームやアニメで見るような、いかにもな魔法陣。


「なに、これ…!?」


次の瞬間、魔法陣がはっきりと光を放ち始めた。青白い光が、じわじわと強くなる。


「ちょ、ちょっと待って!?」


思わず大声を出すと、隣の部屋からドタドタと足音がして、扉が勢いよく開いた。


「奏!?どうしたの――って、何それ!?」


結衣が目を見開く。

だよね、普通そうなるよね。奏も内心うなずいた。


「私が聞きたいんですけど!?」


魔法陣の光はさらに強まり、部屋全体を満たしていく。まぶしくて、思わず目を閉じた。


「ちょ、これ大丈夫なの!?」

「知らないってば!」


結衣の声と同時に、ふわり、と体が浮くような感覚があった。


――包み込まれる。


光に。



次に目を開けたとき、そこは自分の部屋ではなかった。


「…は?」


思わず間の抜けた声が出る。


高い天井。大理石の床。壁には金の装飾が施され、巨大なシャンデリアがいくつも下がっている。

どう見ても、現代日本の一般家庭ではない。


「…ここ、どこ」


隣を見ると、結衣も同じように呆然としていた。


「え、なにここ…テーマパーク?」


否。

周囲を見回せば、たくさんの人がいる。その全員が、これまた現代ではまず見ない衣装を身にまとっていた。ローブ、ドレス、鎧のようなものまである。


ざわざわとした声が耳に入る。


「成功したのか?」

「姫様だ…」

「異世界召喚だ」

「いや、二人…?失敗では…」


…異世界?

召喚?


頭が追いつかない。


そんな中、ひときわ目立つ二人がこちらへ近づいてきた。

一人は深い色のローブを身にまとった、いかにも魔術師という雰囲気の男。

もう一人は、金髪に整った顔立ち、きらきらとした装飾の服を着た青年。


「ようこそ、我が国へ」


きらきら青年が、にこやかに微笑む。


「私はこの国の王子、レオンだ」


ほう、王子。


隣のローブ男が一歩前に出る。


「私は王宮魔術師。あなた方をこの世界へお招きした者です」


…招かれた覚え、ないんだけど。


説明は、思ったよりあっさりしていた。


この国では、半世紀に一度、王族の血を引く女性が強力な結界を張る必要がある。

だがその年、王家に適任の女性がいなかったため、異世界から召喚することになったのだという。


「選ばれた方は、“姫様”としてお迎えする」


なるほど、よくあるやつだ。

よく聞くのは”姫様”ではなく”聖女”だけれど。


「で、私たちがその姫様…?」


奏が言うと、王子は満足そうにうなずいた。


「そういうことだ」


その瞬間。


「ちょっと待って」


結衣が手を上げた。


「魔法陣、出たのこの子の部屋なんだけど」


場が一瞬、静まる。


「つまり…私じゃなくて、この子を呼んだってことよね?」


ローブ男が困ったように眉をひそめる。


「えぇ、そうなりますな」


奏は、ふと我に返った。


「あぁ…」


こういうとき、言わないと後が面倒だ。


「私、男ですよ」


しん、と。


まるで空気が凍りついたみたいに、大広間が静まり返った。


次の瞬間、ざわっと声が爆発する。


「男!?」

「どういうことだ!?」

「姫様ではないのか!?」


王子が驚いた顔で魔術師を見る。


「どういうことだ、説明しろ」

「い、いえ…半世紀に一度の魔術でして、仕組みの詳細は完全には…」


魔術師は冷や汗をかきながら言った。


「適性のある者を…顔で、選んでいる節があり…」


…まさかの顔認証。


結衣がぽつりと言う。


「じゃあ、私じゃだめなの?」


確かに顔立ちは似ている。


「いえ…この魔術で選ばれたのは、弟さんの方で…」


ざわめきは、しばらく止まりそうになかった。

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