第2話  始まりの村 (その2)

 その少し前、村の動向を森の木々に隠れながら伺う人達がいた。別の村を襲っていた別働隊が合流するまでの間、かなりの時間この村を観察をしていたのだが、事は思い通りに推移して居る様だ。


 別に人を殺めるつもりは無い、ただ食糧が欲しかっただけなのだ。


 この集団は統制が取れて居た、それは当然で、かつては国を守る盾として国境の国防を任されて居た軍人達なのだ。その国があっさりと帝国に膝を屈した。


 隣接して居た大国のアズール帝国が攻めて来たのだ、山間部と高原を国土として居たティムダニア王国にとって、彼の国が攻めてくるのは時間の問題だったとはいえ、まだ十数年は先だと中央は考えて居たのだ。


 アズール帝国からの攻め口がマーレイル辺境伯領しかない事が判断を誤らせた。徹底抗戦を謳い国土防衛を指示してきた国王と閣僚たちを信じてマイレイル辺境伯軍はこの一ヶ月戦ってきた。


 辺境伯の称号に見合うだけの働きをして来たつもりではあったが、あっさりと中央の閣僚達の一部が自領の安泰を引き換えに国を売ったのだ。


 侵略してくる国の軍隊は得てして傍若無人な振る舞いをしてくる。国土と国の人民を守る為にと、その信念だけで闘ってきたマイレイル辺境伯は、その売国土達に裏切られた。


 辺境伯軍は瓦解した、あろう事か援軍だと信じていた国王軍が自軍を攻撃してきたのだ、前後から攻め立てられてはどうしようもなく、辛うじて息子夫婦と幼い孫を信頼できる部下数十名と共に冬の山脈越えで逃がしてやる事しか出来なかった。


 幸運な事に、帝国の支配を良しとしない山の部族の助けを借りて、誰一人欠ける事なく隣国へとは逃げ仰せたのは良いが、深い魔の森に囲まれた廃村後に腰を落ち着けた辺りで万策が尽きた。


 着の身着のままの逃避行で、金銭はおろか食糧さえも持ち出す事が出来なかったのだ。ただこの時期は何処の村も厳しい冬を超えて食糧が少ない、そこに恵んでくれと頼まれて”ハイソウデスカ”と言って大事な食糧を渡してくる村が在るとは思えないのだ。


 仕方なく盗賊まがいの行為で食糧を賄う事になったのだが、村人に危害を加えるつもりは毛頭無い、武威を見せつけて戦意を消失させた後で、この辺りに潜んでいる無法者の討伐の打診を交渉材料にして、食糧を分けて貰う腹積もりでいたのだ。


 「ブライアン様如何ですか?」


 森の外れから街道筋の村の入り口を注意深く見つめて居た男に背後から声をかけた者がいた。


 声をかけらけた男はブライアンと言う、辺境伯の息子で今は落ち延びた部下と家族を、何としても護らなければならない立場にいる。


 「ユーベルか、陽動は上手くいった様だな」


 声をかけた男は、長らく辺境伯領の騎士団を統括して居た男で、年齢を理由にマイレイル辺境伯軍の騎士団長を後人に託しはしたが、まだまだ現役には負けぬ気力と体力は有る。


 陽動の為に10人ほどを率いて近くの村を襲う芝居をして貰っていたのだ、今し方本隊に合流してきた所だ。


 「厄介な御仁がいる。彼を抑えるのに腕の立つ者が5人。いや8人は必要だ、彼が引いてくれたら我らの思惑通りに成りそうなのだが」


 ブライアンは馬上の男が、村の入り口を護っている者と会話しているのをつぶさに見ていた、そのまま立ち去るのなら良いが、村の中へと入られると厄介だ。どうした物かと考えて居た。


 「あの武人ですか? 確かに腕は立ちそうですな、今回は諦めますか?」とユーベルが中止するかと聞いて来た。


 「そうもいかん、食糧が無くては生き延びる事など出来ん、業腹だが盗賊まがいの事でもしなければ我らの明日はない。仕方がない彼が村に迎え入れられる前にはじめるぞ」


 あらかじめ、木の上で待機していた部下に村へ弓を射る様に伝える。村人へ射かけるのを厳禁されている射手役の三人は、本能的に強者の排除を試みる。村人でなく旅人であれば命令違反にはならない、しかしあろう事かブライアンが懸念していた馬上の男に狙いを定めたのだ。


 フォスターが殺気を感じて反撃に転じた事で、矢を射る前の三人が木の上から転げ落ちて来た。ブライアンは心底驚いた、先制を期す筈が反撃に遭い大事な弓の射手が負傷して戦線から脱落したのだ。


 「なっ。カレン、バージ、ムクサ、大事無いか?」


 ブライアンは、奇襲を指示した途端、木の上から落ちて来た部下に怪我の有無を尋ねた。


 「だ、大丈夫です。まだ戦えます」


 バージとムクサは強がっているが、肩を射抜かれて動けそうに無い。カレンに至っては弓自体が損傷していた。


 あの武人が狙ったのかは分からないが、急所は外れていて命に別状は無さそうなのが救いでは有る、しかし大きな戦力ダウンである事に変わりは無い。


 此の不測の事態にブライアンは撤収という文字が頭をよぎった。しかしどういった訳か、その武人が街道を馬を走らせて去って行く、まるで厄介ごとはゴメンだとばかりに。


 襲撃の続行を指示したブライアンは、ゆっくりと森から出て行く、戦いの基本は戦力の誇示だ。相手より多い戦力を見せつける事により相手の敵愾心を挫く、そうする事で戦わずして勝利を収めることができる。


 この村も、抵抗する事なく降伏を選択する様だ、多少血の気の多い若者を2人か3人張り倒せば最早目的は達成される。


 「思惑通りに行きそうですな」とユーベルが勝敗は決まったと落ち着いてブライアンに話しかけた。


 「そうだな、無抵抗の住民には手を出さない様に部下に徹底させてくれ。さて、最悪な交渉はさっさと済ませるか」


 そう言ってブライアンは武器を置き両手をあげて無抵抗を示唆している一団へと歩いて行く、力の誇示で食糧を強奪するに等しい行いを正当化するわけでは無いが、背に腹は変えられない。幼い息子と妻や娘、自分に付き従って来た部下達の未来が掛かっているのだから。



 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 矢を放った馬上のフォスターと、森の木の上に居た賊が、矢に射抜かれて落ちていく様に気を取られて、カルシスの注意が散じた。その隙にフォスターは易々と彼の棍棒をせしめて居た。


 「村の人を助けないのですか?」


 街道を戻って行くフォスターに疑問を投げ掛けるアベル。彼が戦いを、しかも盗賊に襲われている村を放って、逃げる様に戻っていく事に対して困惑していた。


 「アベル、盗賊であればあれだけの統率された戦闘行動など出来はしない、そのまま蹴散らせば済むが、あれは何処ぞの軍閥だ。数は少ないが戦いに長けている、無闇に突っかかって居ては、良い結果にはなるまいよ。それに殺気がまるでない、村を襲う行為自体欺瞞かも知れんな。だが村を襲っている事に変わりは無い、そこで奇襲をかける」


 そう言うと、おもむろに街道の脇へ逸れていく様にエクセレントを操作する、どうやら逃げ出したと敵に思わせて背後から奇襲をかける思惑の様だ。


 疾走していた馬を並足に変えてまばらに生えている木々を巧みに除けながら、賊の背後へと忍び寄る、エクセレントも心得ている様で足音を立てずに歩いている、結構器用な馬なのだ。



 僧衣に身を包んだ大柄の人物を中心に、若者で構成されている村の自警団が見守る中、ゆっくりと近づいて行くブライアン。あえてゆっくり近づいて行くことで恐怖心と懐疑心を植え付けてはいるが、剣は腰に下げたままで、鞘から抜き放ってはいない、代わりに槍代わりの棒を手に持ち相手に対して必要以上の威圧感を出さない様に気を使っている。


 そもそも村人を守る立場にいた彼等からすれば、村を襲撃して食糧を奪い取る事に罪悪感が無いわけが無いのだ。


 目的は食糧の確保なのだ、村の占拠ではない。本来なら金銭での交渉で食糧の購入をしたいところでは在るが、金品を持ち合わせて居ない彼らには此の方法しか思いつかなかったのだ。


 恐怖と怒りの入り混じった感情を向けられながら、自警団の前までやってきたブライアンは交渉役に僧衣に身を包んだ御仁を選んだ。他が年端もいかない子供や成人したての若者であれば当然と言える。


 交渉の口火を切ろうと声を張り上げる前に、ブライアンを呼ぶ声がする。


 「ブライアン様~~。敵襲です」


 振り向くと、先程疾走して街道を戻っていった騎馬の武人が仲間を打ち据えながら近づいて来る。騎馬と徒士では機動力に差がある、どんなに頑張って走っても人間の足では馬に勝てないのだ。本来騎馬の対抗策として密集して馬の足を止めた後、騎乗の人間を引きずり落とす方法が在るが。今回はこちらの戦力を多く見せる為に散開していたことが裏目に出た。


 騎馬の武人は、馬の機動力を駆使してブライアンの仲間を各個撃破していく、あっという間に半数以上が打ち据えられて身動き取れない状態へと変わって行く。


 余りにも状況が早すぎて思考が追い付かない、そこは後ろで呆けている村の自警団も同じだった。本来なら救援が来た時点で反撃に出るべきなのだが、騎馬の武人の鮮やかな手並みに見とれていて動けないでいた。


 ようやく状況と思考がかみ合って、如何するべきなのかを把握した時にはその馬上の武人が大半の仲間を無力化した後だった。数が少なかったとはいえ恐ろしいほどの早業に寒気がしてくる。本能が此の武人とは事を構えるべきではないと謡えていた。


 勝利の核心と油断に加え、彼の御仁の武威に我を忘れていたとはいえ、本来戦闘中に思考を止める行為は敗北を意味する。事実馬の乗り手が、仲間のほとんどを打ち据えて身動きでいない状態にした後、こちらに近づいて来た。


 もうその時点で敗北は必至なのだが、戦を生業とする武人としての本能が手に持っていた槍代わりの棒を武人に向けて構えていた。


 最早ブライアンと数名しか残って居ないが、仲間を打ち据えられた事で殺気立つブライアンの部下たちに意識を向けるではなく、周りを睥睨しながら彼らの前まで馬を進めて言い放つ。


 「ふむ。・・・・殺傷の武器を使わずに村を制圧しに来たか、目的は何かな? 占拠ではあるまい。今なら釈明を聞く用意があるぞ」


 ブライアンは彼を見つめて観察する、恐ろしいほどの戦闘能力にどれ程の威圧が有るかと思えば、無造作に持っている棒とその気配に殺気立った気概はない。それどころか今その武威の片りんを見せたというのに、街中を散歩しているが如く自然体で鷹揚とした態度に好感が持てた。極めつけはその武人の前に座って雨除けのマントから顔を出している子供だ。


 その子を馬に乗せながら我らを戦闘不能にしたその技量にも驚いた。こと戦いにおいて不利な状況にも関わらず勝利して見せた技の冴えもさる事ながら、我らが村人達に危害を加える気がない事を瞬時に見て取り、ブライアンの仲間を殺める事なく無力化して退けたその心意気に感じ入った。


 ブライアン達を観察するように見つめていた幼子と目が合った。見られていると感じた子供がはにかみながら会釈をする。その出来事がブライアンの気持ちを解きほぐす、育ちの良さげなその子を見て、ブライアンは我らの進退をこの年老いた武人に預ける事を決意したのだ。


 この子の親であれば我らのことを無碍にはしまい。彼は手に持つ武器を脇に置き片膝をついて服従の姿勢をとる、それを見た彼の部下達も後に続く。


 「私はティムダニア王国、マイレイル辺境伯が長子ブライアンと申します。アズール帝国の侵攻に対して国の盾となり戦い抜いてきましたが、王国の宰相らの裏切りによりて国を追われる身と成り果て申した。然りとてそのまま朽ち果てるに任せるには口惜しく、我が父辺境伯の願いに一族の延命を託された我は隣国であるこの国に逃げ延びてきた次第に御座います。しかし着の身着のままの逃避行にて、食事も儘ならず然りとて購入し得る金銭も持ち合わせておりません。業腹ではありますが、武力にて我らの価値を示して交渉を有利に進める心積りでおりました。我の行いを正当化するつもりは毛頭有りません、罪は罪、裁きをお望みならば甘んじて受けましょう、しかしながら後ろに控えし者達は我の命に従ったまで。なにとぞその事を踏まえて寛大な仕置きを賜ります様深くお願い申し上げます」


 そう言って頭を下げたブライアンに対して、後ろに控える部下達は違を唱えることもない、最初からその事は織り込み済みで、力によって食糧を得る腹積りはなく、戦闘集団としての力を示してその価値を評価してもらうためのパフォーマンスであった事は本当だ。


 しかしフォスターの出現によって思いもよらぬ事態へと成ってしまっては、事情を話してこの事の正当性を知ってもらう他無かった。


 しかしブライアン達は事実上敗北した事には変わりは無い、敗者は勝者の理を甘んじて受けねばならない、しかし理不尽な要求には応じるつもりはない、もし彼の武人が我らを村を襲った犯罪者として裁くなら、討ち死に覚悟で抵抗する腹積もりではあったのだ。



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