天空の黄金龍、その伴侶たる者の物語。
一 止(イチ トマル)
第1章 年老いた武人は、いかにして余生を過ごすのか。
第1話 始まりの村 (その1)
今、私の目の前に、古き時代の龍がいる。重厚な体躯を空中へと留め置くにふさわしい翼で、大地に縛り付ける重力をもねじ伏せて悠然と浮かんで居る。その姿は、自然の摂理をあざ笑うかの如き尊大なる存在感と、如何なるものにも、たとえ創造の神であろうとも屈せぬ心と気概を醸し出している。
その巨体からは、恐ろしい程の魔力が感じられる…いや、今まさに目に見える形で体の外へとにじみ出ている。本来魔力とは周りの気体と同じように希薄な存在ゆえに目視など出来はしないのだが、その凄まじい量の魔の力はその巨大な体躯の収まり切れず霞となってにじみ出ているのだ。
漆黒の巨体を淡い不思議な輝きで包み込み、異彩を放つその勇姿は神々しくも有り、また禍々しくも有り、得体の知れない感情を対峙するものに与えていた。
異様な静けさの中、まるで混沌とした時空の歪みが事世の有り様を嘆くが如く、彼の者の周りを只ならぬ気配で覆いつくす、この世の終わりを予見するかの如く。
その巨大な龍が、高みから私を見据えている。その表情からは何も伝わってこない、龍のその顔立ちに表情という表現が正しいのかは別にして、ただ全身から漂う圧倒的な存在感と眼光から放たれる殺気は、恐怖を、いやすべての生き物に畏怖を超えた感情を植え付ける、まさしく龍王の名に恥じぬ品格と存在感は、紛れもなく凄まじいの一言に尽きる。
しかしその眼からは、哀れみに似た感情をも読み取る事が出来る。まるで虫けらの如く見下されているかの様だ。彼の者にとって、私など吹けば飛ぶような羽虫の如き存在なのであろう、まるで歯牙にもかけてはいまい、この世に生を受けし生き物の頂点に君臨する、龍の王で有るのであれば当然の思慮ではろうが、私とてむざむざ屍を晒すつもりはない。
私のまたがる愛馬が身震いする。怯えているわけではない、今まさに生きとし生ける物の王たる古の龍と、刃を交えんとする事に喜びを見出しているのだ。 私の友たる半身の、気持ちの高ぶりに誇りを感じながら、長年連れ添ってきた長槍を改めて握り直す。
さあ。やろうでは無いか、殺し合いを。最後に大地に立つは私か彼の者か? 誉たる栄光を手にするはどちらか、雌雄を決しようでは無いか。
古より存在し得る、最古の龍の咆哮により、戦いの火ぶたが切って落とされる。
霊峰の名をいただいた山間の人知れぬ神脈のほとり、誰にも知られず、如何なるものも存在しえないその場所で。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
山間の細道を壮年の男が馬に揺られながら進んでいる。シトシトと降り続いている雨を厚手の外套を兼ねたローブで防ぎながらの馬行である。
鞍の前には幼い子供が身動きもせず眠っている、赤子の頃から馬上での旅をしているこの子にとって、もはやその場は己のゆりかごと化しているとはいえ、此の雨には堪えている様だ。
いくらローブで雨を凌いでいるとはいえ、春先の気温は幼子には堪えるものだ、ましてや雨が降っているともなれば尚更である、いくら厚手の外套で雨を凌いでいるとは言っても、外套から流れ落ちていく雫が、その子の体温を容赦なく奪っていく。
母親のぬくもりを知らず、母の愛情を知らない子供では在るが、せめて我がぬくもりで体を温めてやる事しか出来はしまい。その事に憐れみを感じながらもその男は馬を進めていた。
いつもの、馬の歩みの揺れと、微睡と覚醒の狭間で心地よさに身を任せていたが、ぶるると震えて身を起こす。多少の湿気と人と馬との体温で熱気の籠る外套から、欠伸をしながら顔を出す。
目に映るのは、馬の頭と濡れそぼった鬣、その前方には小粒の雨で、澱みを含んだ大気が霞のように広がっていた。馬の耳がこちらを向いている、子供が目を覚ましたことを感付いたようだ。
「おはようエクセレント。あいにくの雨だね」
この馬とは長い付き合いだ、物心ついた時から一緒にいるので良く分かる。目を覚ました自分に耳を向けて挨拶しているのだ、子供の掛けた言葉に”ぶるる~~”と一言いなないて『この時期は仕方ないさ』と達観したように答えた。
「なんだもう起きたのか。もう少し寝て居なさい、先の村まではもう少しかかりそうだ」馬上の男が、気だるそうに話す。
幼子には馬での旅は堪えるものだ、せめて馬車での旅をしたいものでは在るが、この馬は荷を引きたがらない、鷹揚にプライドが高く、気難しいのだがその気高さが戦場では大概役に立った。しかし乗り手と共に老いには勝てず一線を引いているのだが、未だに譲らぬ矜持は持ち合わせて居るのだ。
「もうたくさん寝ました,父上。少し小降りになりましたが、この雨は止みそうにないですね、エクセレントが濡れて可哀そうです」と男を見上げながら齢三つの子にしてはおしゃまな話し方をする、この男がこの子に、子ども扱いをしてこなかった弊害が此処で出ている。
子供らしくない答えに臆する事も無く鼻を鳴らしてクツクツと笑いながら男が静かに言葉をかける。
「多少濡れたところでこいつは堪えんよ。散々いくさば・・・野山を駆け回って川や沼を渡ってきたのだ、程よい汚れ落とし程度であろうさ」言われた馬が抗議のいななきと共に、首を激しく振る。
どのような野生生物であれ自ら体を濡らす事はしない、特に春先で気温の低い時期には害虫の駆除を目的とした砂浴びはともかく、水浴びなどもってのほかだ、川の中で生きる生き物とは違うのだ。
体温を維持するのに程よい脂肪と毛皮、それと強靭な筋肉に身を包んだこの体は野山を駆ける事に特化している、分厚い脂肪を携えては長く早く走れはしないのだ。
「エクセレントも嫌だと言っています、僕も濡れるのは嫌いです。早く晴れると良いのですが」と相変わらず子供らしからぬことを言う。
「晴れぬ雨などこの世にはないさ、いずれ太陽も顔を出さねばなるまいよ。それより寒くは無いか、アベル」
この子の名はアベリハル。この子の両親が名付けた、誰からも愛される子になります様にと願いを込めて、間にもういくつか名前が入るが、今のこの子には必要のない名だ。
「大丈夫です寒くは有りません、それより龍と乙女のお話をしてください。あの後どうなったのですか? 助け出されたのでしょうか?」
大概目を輝かせて上目づかいに見上げられると、かなりの破壊力では在る。男は何時もこの攻撃に、口下手では在るが重い口を開いてしまうのだった。
ぼそぼそと語り始めた男の声と、目を輝かせて相槌をうつ子供の声は、先ほどの受け答えとは打って変わって年相応の子供との言葉の応酬となる。馬のひづめの音が音のしない雨粒と共に細い街道に静かに流れていく。
物語と同様、旅の道程にも必ず終わりがやってくる。若者が機転を利かせて龍の束縛から娘を助け出した所で、物語の終焉を迎えた丁度その時、今日の旅の行程の目的地でもある村の入り口が見えてきた。
数ある物語と同様に、助け出した男と、助け出された娘のその後が語られる事も無く、娘の男に対する感謝と祝福で幕を下ろした物語を、感動という感情に揺さぶられていた気持ちがアベルの心の中から消えていく。
村に入り口付近を簡単な策で塞いで、数人の男たちがこん棒や牧草用のフォークを持ち出して来て殺気立っているのだ。此処は街道筋で、道を塞いで良いはずが無い。
この村は、馬上の男と子供が向かっている交易都市までのちょうど中間地点で、昔は野宿の為の施設であったものが、荷馬車を引く馬の休息所や人の宿泊施設が出来ると同時に、馬の世話や施設での労働力として人が集まり出したことで、集落として発展していったのだった。人が集まり始めるとその人達をターゲットにした商売が派生するのは当然で、結果村としての規模まで栄えてきたのだ。
「とまれ! 名前と目的地を話してもらおうか?」
その村の入り口を塞いでいる男たちが推挙する。巨大な騎馬と体格の良い男の姿に、その声は多少震を帯びているが、はっきりと聞こえる物だった。
「ふむ。名を名乗るのも、やぶさかではないが。訳を聞いてもよろしいかな?」と馬上の男は落ち行きはらって答えた、のほほんとした答えに若い男たちが激昂していく。
「何だと!!」「もう一片言ってみろ!!」とがなり立てて今にも槍やフォークで突いてきそうな勢いにも、馬上の男は慌てることなく微動だにしない。
アベルにしてみと今にも事が起こりそうで、恐怖の対象になりそうでは在るが、如何せん日常的に争いごとを経験している身としては、相手を可哀そうにと思う事しか出来なった。
「待て待て。お前たちのかなう相手ではない。・・・騎士殿とお見受けいたします、ご無礼の段ひらにご容赦を。つい先ほど近くの村が賊に襲われましてな、今対応に追われている所なのです。今し方、村の自警団と若者を中心に救助に向かわせておりましてな。この村は守り手が少なく、うかつに旅人を迎え入れる事が出来ない状況でして、取り敢えず事が治るまでは、見知らぬお人は何人もここを通す訳には参りません」
太くて長いこん棒を手に持ち、僧服に身を包んだ筋肉質で体格の良い年配の男が、頭を下げてこの村の現状を説明した。
「あい分かった。わが名はフォスター・エアハート、見ての通りの年老いた武人だ。目的地は取り敢えず先の交易都市だが決まっている訳では無い。しかし我らとてこの雨に難儀しておってな、もうすぐ日も暮れよう。出来れば泊まる事の出来る部屋を貸してらえると有難いのだが、どうであろうか?」
と鷹揚に提案してみたものの、現状ここを通して貰えそうには無かった。
「ご丁寧に名乗りを上げて貰えて有難うございます。私はこの村の教会で司祭を賜っております、カルシス・バームストーンと申します。迎え入れたいのは山々ですが、なにぶん状況が良くありません、今暫くのご辛抱を願えぬでしょうか?」
小さな村とはいえ、司祭を賜っているだけの事は有る、先程の血気盛んな若者とは対応が雲泥の差である。
村の中で休みたい馬上の男と、厄介ごとを避けたい村の守り手の言葉の応酬がしばらく続く中、フォスターと名乗った男が、ふと何かに気付いた。
会話をいきなり中断して森と畑の境目を見つめている、つられて村の守り手の若者たちもその付近を見るが何も変わったところはない。
「如何なされた、フォスター殿」 馬上の男が見つめる先に不審な点を見出す事の出来ない司祭が問いただす。
「先程、近くの村が襲われたと言いましたな?」 司祭のカルシスの問いには答えず、森と畑の境界を見据えたまま。近隣の村が盗賊に襲われた事を確認するフォスター。
「はい、先ほども申しました通り、その為村の守り手が少ないのです、ですから今は見知らぬ方の入村は控えて貰っております」 カルシスは、今まで散々 その事を話して居たではないかと想いはしたが、フォスターの問いに丁寧に答えた。
「成程。陽動で戦力の分散を計るとは中々やりおる」 と呟いて、何かを掴み取る仕草をする。するといつの間にか手の中に、長弓と矢筒が握られて居た。
「なっ! 何を為される、フォスター殿」
カルシスは、何も無い空中から、物を取り出した事にも驚いたが。今まで平穏に言葉を交わして居た相手が、いきなり武器を手に取り剣呑な気配を漂わせた事に驚愕した。
馬上の男が、自分達の村の司祭で有るカルシスと穏便に話して居た事で、完全に油断して居た村の守り手達は、気持ちの面で後手に回る。凶悪な武器を手に取った相手に、威嚇どころか呆然として立ち尽くして居たのだ。
フォスターは矢筒を鞍にかけると、長弓の弦を張る。すかさず矢を3本引き抜くと、おもむろに矢をつがえて、矢継ぎ早に矢を放つ、その間わずか一呼吸という早技だった。
呆気に取られたカルシスと村の門を守って居た若者は、無造作に放たれた矢の行方を目で追って居た。
村の畑と森の境界に放物線を描きながら飛んでいく矢が、何かに突き刺さる。すると木の枝に隠れながら、今まさに矢を放つ寸前だった男達が悲鳴を上げながら転げ落ちてきた。
「なっ! 敵襲!!。 敵襲だぞー」
カルシスが村の若者達へと叫ぶ。
事、有事において、襲われる側は情報の周知を徹底する。決まり事でも有るのだろう、子供と言っても差し支え無い年齢の子が、大声で賊が襲ってきた事を叫びながら、村の中へと走っていく。
カルシスは、手に持って居た棍棒の感覚がいきなり消えた事に驚いた、無理やり奪い取られたのでは無い、握って居た手の中から忽然と姿を消したのだ。
先程まで話をしていたフォスターが自分の棍棒を手に持ち走り去って行く、いつの間にか持ち主を変えた棍棒にとやかく言うつもりはないが、それよりもわらわらと森から出て来た賊の数に驚いた。
ゆうに三十人を超えて居るのだ、この人数に奇襲されてはこの村を守る事など出来はしない、抵抗して人死を出すよりは賊の要求を飲むしか有るまいと、両手をあげて無抵抗をアピールする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます