2章 日常が壊れる。

第14話 逃げる

電車の窓を流れる景色が、住宅街から濃い緑へと変わっていく。

 

移動の費用はすべて、栞が持っていたクレジットカードで支払われた。親から緊急用として持たされているものらしく、彼女は「しばらくはこれでなんとかなると思う」と静かに言った。高校生の僕たちにとって、その一枚のプラスチックカードは、日常という檻から抜け出すための唯一の通行証だった。

 

駅を降り、さらにタクシーを走らせて数十分。ようやく辿り着いたのは、背の高い杉の木に囲まれ、川のせせらぎが遠くから聞こえる、自然の豊かな田舎町だった。


「……栞。本当にありがとう。移動費も、ここも。……いつか必ず、働いて返すから」

 

別荘へと続く砂利道を歩きながら、僕は隣を歩く栞に告げた。その言葉に、僕の腕に掴まっていた陽葵も力強く頷いた。


「私も、悠真くんと一緒に働くね。……こんなに助けてもらって、そのままなんて嫌だもん」


陽葵の言葉に、栞は困ったように小さく吹き出した。


「いいわよ、そんなの。どうせ親のお金なんだから、気にしないで。私はただ、陽葵に笑っていてほしいだけなんだから」


栞は微笑みながら、鍵を回して重い木の扉を開けた。


数年使われていないという室内からは、ひんやりとした空気と、古い木材の匂いが漂ってくる。


「……でも、二人がそうやって返すって言うなら、私もいつかちゃんとお父さんたちに返さなきゃいけないわね。……ふふっ、三人で借金生活の始まりかしら」


栞の冗談めかした言葉に、陽葵の顔にようやく少しだけ、本当の笑顔が戻った。

一ヶ月間、ずっと暴力に怯え、空腹に耐えていた彼女にとって、この埃っぽい別荘はどんな宮殿よりも輝いて見えているに違いない。


扉が閉まる音が、静かな山あいに響いた。

それは、僕たちが「普通の高校生」であることを捨て、社会の目から隠れる生活を選んだ決定的な合図だった。

 

窓から差し込む朝の光は、逃げ延びた僕たちの影を、床の上に長く引き伸ばしていた。

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