第7話 栞はよく見てる!
陽葵を保健室のベッドへ運び、眠る彼女を残して廊下に出た。
隣に立つ栞は、陽炎が揺れるグラウンドを凝視したまま、絞り出すような声で呟いた。
「……悠真くん。私、ずっと胸騒ぎがしてたの。最近の陽葵、あまりに不自然だったから」
「不自然……?」
「お弁当を食べなくなったのも、長袖を脱がないのもそう。でも、一番は……彼女の笑い方。最近の陽葵は、誰かに『楽しいね』って同意を求めているんじゃなくて、自分に『私は楽しいんだ』って言い聞かせているみたいだった」
栞の指先が、窓枠を白くなるほど強く掴んでいた。
「実はね、近所の人から変な噂を聞いてたの。夜中に、陽葵の家からひどい怒鳴り声が聞こえるって。何かを叩きつけるような音……。つい最近まで、あそこは誰もが羨むような仲の良い親子だったから、最初は信じたくなかった。でも……」
栞は言葉を切り、震える呼吸を整えた。
「あのアザを見て確信したわ。あの家で、陽葵はずっと独りで耐えてたのよ。家にも、食事にも、自分の心にすら居場所がなくて……だからせめて、私たちの前でだけは『完璧な陽葵』でいようと必死だったんだわ。あの子にとって、この三人の時間は、現実から逃げるための最後の砦だったのよ」
「……俺に、何ができるかな」
「今は、そばにいてあげること。あの子が『助けて』って言えるまで、私たちは何も気づかないフリをして、でも、いつでも手を伸ばせる場所にいないと」
栞はそう言って、僕の震える手に自分の手を重ねようとして、途中で止めた。
彼女もまた、この歪な「三人の時間」を壊したくないのだ。陽葵が悲鳴を隠して笑っている限り、自分もまた、悠真への想いを隠して親友の顔をしていられるから。
窓から差し込む夕刻の光は、逃げ場のない赤に染まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます