第5話 ダイエットはほどほどに?

兆候は、昼休みの屋上にも現れていた。ここ数日、陽葵の机の上にはお弁当箱も、購買のパンも置かれていなかった。


「陽葵、今日も食べないの? さっきからずっと、お腹の虫が鳴ってるよ」

 

僕が冗談めかして言うと、陽葵は一瞬、肩を跳ねさせた。けれど、すぐにいつものようにケラケラと笑って自分の腹を叩いた。


「あはは、バレちゃった? 今、絶賛ダイエット中なの!」

 

そんなの嘘だ。彼女の頬は日に日に痩せ、喉を鳴らして僕のパンを食い入るように見つめているのを、僕と栞は見逃さなかった。


「……陽葵」

 

栞が、自分の二段重ねのお弁当箱の蓋をそっと陽葵の方へ差し出した。


「私、今日ちょっと作りすぎちゃって。半分食べてくれない? ダイエット中なら、栄養のあるものを少しだけ食べた方がいいわよ」

 

栞の声はどこまでも穏やかで、陽葵のプライドを傷つけないための「嘘」が優しく織り込まれていた。


「え、でも……栞ちゃんの分がなくなっちゃうよ」


「いいの。ほら、私の大好きな卵焼き、一つ食べてみて」

 

栞に促され、陽葵はおずおずと割り箸を割り、卵焼きを口に運んだ。


「……美味しい」

 

陽葵の口から、掠れたような呟きが漏れる。彼女はそれから、一心不乱に、栞のお弁当を口へと運び続けた。一言も喋らず、ただ機械的に食べ続けるその姿を、僕たちは黙って見つめることしかできなかった。


「あ……ごめん、思わず食べすぎちゃった。栞ちゃんの分まで……ごめんね」

 

陽葵は空になったお弁当箱を見て、今にも泣き出しそうな顔で俯いた。


「気にしなくて大丈夫だよ、陽葵。しっかり食べてもらえて、捨てずに済んだんだから。私の方こそ、食べてくれてありがとう」

 

栞は励ますように陽葵の細い肩を優しく抱き寄せた。


「……うん。ありがとう」

 

陽葵は顔を上げた。けれど、その表情はどこか陰りを含んでいて、無理に作った笑顔は、かつての太陽のような輝きを失い、今にも消えてしまいそうなほどに曇っていた。

 

栞は陽葵の背中を静かにさすりながら、僕に一瞬だけ視線を向けた。その瞳は、深い悲しみと、「これ以上聞いてはいけない」という強い警告で満ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る