第9話 世界のバグを突き止める
王都の地下深く、歴代の王さえその存在を知らなかった「起源の祭壇」。 そこは、この世界の物理法則や魔力の根源が書き込まれた、いわば『世界の心臓部』だった。
ルカは、ひんやりとした無機質な空気の中、その中心に浮かぶ「光の歯車」を見上げていた。 それは、数千、数万という半透明の幾何学模様が複雑に噛み合い、微かなハミングのような音を立てて回転している。
「……あーあ。やっぱり、ここが原因だったんだねぇ」
ルカの声が、高い天井に反響する。 彼の「器用さ」が特異点を超えた今、ルカの目には世界が「実体」ではなく、無数の精緻な「プログラムの集積」として映っていた。
「ルカ、何を見ているの……? 私には、ただの眩しい光の塊にしか見えないわ」
後ろからついてきた聖女アリアが、不安そうに法衣の裾を握りしめる。彼女の足元では、世界の不安定さを象徴するように、空間が時折ノイズのように揺らいでいた。
「アリアちゃん。これね、時計の裏側みたいなものだよぉ。でも、ほら。あそこの三番目の歯車、ちょっとだけ『バリ』が出てるでしょ?」
「バリ……? 歯車……?」
ルカは、アリアには見えない「概念の壁」を越え、光の奔流の中へと指先を差し込んだ。 普通なら、世界の根源に触れた瞬間に存在が消滅するはずだ。だが、ルカの指先は、世界が彼を「拒絶する」という物理演算さえも、指先の微振動でいなしていた。
(えっとね、ここがガタついてるから、不運な事故が増えちゃうんだ。こっちの軸が歪んでるせいで、魔王みたいな怖い人が生まれやすくなってるし……)
ルカは眉をひそめ、真剣な表情で指を動かし始めた。 彼の指先は、光の糸を一本ずつ摘み、空中で編み直していく。
「ちょっとごめんね、世界さん。今、立て付け直してあげるから。……よいしょっ」
ルカの指が、光の歯車の中心にある「特異点」を、ピアノの調律をするような繊細さで叩いた。 カチリ。 世界全体が、一瞬だけ呼吸を止めたような静寂に包まれる。
「……っ!? 何、今の感覚……」
アリアが胸を押さえて膝をつく。彼女の耳には、これまでずっと背景音として鳴り響いていた「世界の軋み」が、急に完璧な和音に変わったのが聞こえた。
「あはは、やっぱりここだったぁ! 神様も案外、おっちょこちょいだねぇ。この接続部分、左右が逆になっちゃってたよぉ♡」
ルカの指先は、今や止まらない。 彼は空中に浮遊する目に見えない「世界の不備(バグ)」を、まるでおもちゃの修理でもするかのように次々と直していく。
病の原因となる不純な魔力の淀みを、フィルターを掃除するように指で掬い取る。 不毛の地に雨を降らせるはずだった空気の循環の詰まりを、ストローを通すように滑らかにする。
(ここをこうして……この『悲しみの確率』が高すぎるから、ちょっとだけ『偶然の優しさ』の方に重心を移して……。はい、これでオッケー!)
ルカの感情は、かつてないほど澄み渡っていた。 怒りも、復讐心もない。ただ、目の前にある「立て付けの悪い世界」を、自分の指先で完璧に整えたいという、職人としての純粋な欲求だけが彼を突き動かしていた。
「ルカ……あなた、今、何をしたの? 空気が……光が、あんなに優しくなっている……」
アリアが顔を上げると、そこには以前のような冷たい光の塊ではなく、暖かな陽だまりのような光に包まれたルカがいた。
「んー? ちょっとだけ微調整。世界がね、少しだけ『窮屈そう』だったからさ。……ほら、これで明日からは、みんなの落とし物も見つかりやすくなると思うよぉ♡」
ルカは最後に、世界の中心にある「愛の因果律」の糸を、小指でキュッと結び直した。 それは、彼を追放した勇者たちにさえ、いつか「やり直しのチャンス」が巡ってくるようにという、ルカなりの、そして彼にしかできない究極の『器用なお節介』だった。
「……ふぅ。これでよしっ! さぁ、アリアちゃん。お腹空いちゃったし、地上に戻って美味しいスープでも作ろっか!」
ルカは、書き換えられたばかりの世界の理(ことわり)を軽快に踏みしめ、祭壇を後にした。 彼の指先には、もはや神すらも持ち得なかった「完璧なる調和」の温もりが残っていた。
(世界を直すのも、お裁縫も、結局は一緒だねぇ。丁寧に、心を込めてやるのが一番なんだもん)
ルカの足取りは、新しく生まれ変わった世界の鼓動と、完璧にシンクロしていた。
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