第8話 指先ひとつで魔法を解体

王都を見下ろす北の尖塔。その最上階では、大気が焦げ、次元が悲鳴を上げていた。


「ハッ、ハハハ! 終わりだ! この『終焉の劫火(ジ・エンド・フレア)』で、塵ひとつ残さず焼き尽くしてくれるわ!」


目の前で狂ったように笑うのは、国を裏切った宮廷魔導師バルザス。彼の手中には、どす黒い赤色をした、太陽の欠片のような魔力の塊が渦巻いている。 その熱波だけで、周囲の石壁はドロドロに溶け出し、硫黄のような鼻を突く臭いが充満していた。


「……うわぁ、熱いねぇ。これ、お肌にすっごく悪いよぉ」


ルカは、服の襟元をパタパタと仰ぎながら、困ったように眉を下げた。 足元の石畳はすでに赤熱し、靴の裏から伝わる熱が、ルカの鋭敏な神経をジリジリと刺激する。


「貴様……死を前にして、まだそんなふざけた態度を! 消えろ、無能な盗賊!」


バルザスが両手を突き出す。 瞬間、圧縮されていた魔力の奔流が解き放たれた。世界を焼き尽くす咆哮。それは巨大な熱の渦となり、すべてを呑み込む津波となってルカへ迫る。


だが、ルカの目には、その絶望的な光景がまったく別のものに見えていた。


(……あ、ここだぁ。やっぱり、すっごく雑だね。強力な魔力の糸を、ただ力任せにギュウギュウに詰め込んでるだけ……。これじゃ、すぐ解けちゃうよ?)


ルカは逃げなかった。 それどころか、死の熱波の中に、素手を迷いなく差し込んだのだ。


「ルカ!? 逃げなさい!」


階下で傷ついていた聖女アリアが叫ぶ。だが、次の瞬間、彼女は自分の目を疑った。


ルカの指先が、荒れ狂う劫火の「中心」に触れた。 バチッ、という火花の音。 しかし、ルカの手は焼けてはいなかった。彼の指先は、猛烈な熱の合間を縫い、魔力の構成単位である「マナの繊維」の隙間に滑り込んでいたのだ。


「えっとね。まず、この『燃焼』の結び目を解いて……。この『膨張』の糸は、こっちのループに通しちゃお♡」


ルカの指が、空中で驚異的な速度で舞った。 それは、暴風の中でたった一人の職人が、千切れた絹糸を繋ぎ直していくような、あまりに非現実的で静謐な光景。


「な……!? 何をしている!? 魔法が……私の魔法が、止まっているだと!?」


バルザスが戦慄する。 放たれたはずの劫火が、ルカの手元で「編みかけのセーター」のように形を失い、一本一本の輝く光の糸へと分解されていく。 ルカは指先でその糸を弄び、まるでパズルを組み立てるように、空中で新しい文様を編み上げていった。


(はい、左の糸を右へ。ここのテンションは緩めにして……。よし、これで『火を出す魔法』が、『縛る縄』に書き換え完了!)


「お返しだよぉ、バルザスさん! 自分の魔法、大切にしなきゃダメだよ?」


ルカが指先をパチン、と鳴らした。 分解され、組み替えられた魔力の糸が、今度はバルザスを目掛けて射出された。 それはもはや熱を失い、代わりに鋼鉄よりも硬く、生き物のようにうねる「光の鎖」へと変貌していた。


「ぐ、がぁぁぁっ!? なんだ、これは……っ! 外れん、魔力が……逆流して……!」


「あはは。それ、バルザスさんの魔力の波長にぴったり合わせて編んだから、暴れれば暴れるほど、もっと器用に締め付けちゃうよぉ♡」


バルザスは、自分の放ったはずの魔力によって、芋虫のように無様に縛り上げられた。 魔法の根本を解体され、再構成されたショックで、彼の魔力回路は完全にフリーズしている。


「……信じられない。究極魔法を、素手で『解いて』しまうなんて……」


アリアが呆然と呟く。彼女にはわかっていた。 それは単なる強さではない。世界の理を構成する、目に見えないほど細かな「糸」を指先で感じ取り、それを自由に操る、究極の「器用さ」が可能にする神業。


「……ふぅ。ちょっと指がジンジンしちゃうね。やっぱり、あんまり熱いのは得意じゃないかなぁ」


ルカは、バルザスの目の前にしゃがみ込み、彼の懐から魔導書をひょいと盗んだ。 盗んだというより、彼のポケットの布の隙間を広げて、勝手に滑り出させたという方が正しい。


「この本も、綴じ方が甘いよぉ。後で僕が、もっと使いやすく直しておいてあげるね♡」


「ば、化け物……っ。お前は……何者だ……」


バルザスの問いに、ルカは首を傾げて、太陽のような笑顔を向けた。


「僕はただの盗賊だよぉ。ちょっとだけ、指先が器用になっちゃっただけのね」


ルカはバルザスの鼻を指先でツン、と叩くと、軽やかな足取りで尖塔を降り始めた。 その背中には、もう誰にも追いつけない、圧倒的な「職人の威厳」が漂っていた。


(さてと。次は、このバラバラになった魔力の糸を使って、アリアちゃんに綺麗なブローチでも作ってあげようかな!)


ルカの歩く軌跡には、分解された魔法の残り香が、キラキラとした星屑のように舞っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る