異世界質屋『黄金亭』 ~膝に矢を受けて引退した元冒険者は、王都の片隅で質屋を営む~

オテテヤワラカカニ(KEINO)

ハゲと商売

 1


 王都ルハンブルクの下町、薄暗い路地の奥に、質屋『黄金亭』は店を構えている。

 

 店主のニックは、カウンターの中でクロスを使い、自慢の頭を磨き上げていた。

 見事なスキンヘッドだ。

 魔導ランプの光を反射するその頭部は、この店で最も輝きを放つ「商品」と言っても過言ではない。

 客の間でこの店のトレードマークはその輝く頭部だと囁かれている。

 

 ニックは元冒険者だが、膝に矢を受けて引退し、今は商売に生きている。

 彼の武器は剣ではなく、知識と交渉術、そしてその不愛想な笑顔だ。


 錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、扉が開いた。

 昼下がりの質屋には似つかわしくない、巨大な影が入り込んでくる。

 

「いらっしゃい。何か売りたい物でも?」

 

 ニックが顔を上げると、そこにいたのは身の丈二メートル近い大男だった。

 ゴズと名乗ったその男は、北方の蛮族風の装備に身を包んでいる。

 全身に古傷があり、歴戦の冒険者であることは一目瞭然だった。

 

「ダンジョンの奥で拾った。鑑定してくれ」

 

 ゴズは背負っていた麻袋を、ドスンとカウンターに置いた。

 店内に重低音が響き、埃が舞う。

 ニックが眉をひそめながら袋を開くと、中から現れたのは、どす黒く変色した金属の塊――戦槌(メイス)だった。

 

「ほう」

 

 ニックは片眼鏡を装着し、それを手に取った。

 重い。

 だが、見た目の質量ほどではない。

 

 材質は黒鉄とミスリル銀の合金だろう。

 先端には凶悪な六枚の刃がついた打撃部がある。

 錆がこびりついているが、その下には微かな魔力の脈動が感じられた。

 

「どうだ、いいモンだろ」

 

 ゴズが歯茎を剥き出しにしてニヤリと笑った。

 

「で、いくらになる? 金貨50枚は堅いか?」

 

「50枚か。こんな錆びた戦鎚に夢のある数字だな」

 

 ニックは肩をすくめた。

 

「だが、俺は武具の専門家じゃない。餅は餅屋だ。俺の友人に、古代武器に詳しいドワーフがいる。彼を呼んで見てもらおう」



 十分後。

 近所で鍛冶屋を営むドワーフの親方、バーディンがやってきた。

 バーディンは酒臭い息を吐きながらも、メイスを見た瞬間にその目を細めた。

 

「こいつぁ驚いたな。『古王国時代』の儀礼用メイスじゃねえか」

 

「儀礼用? なんだ、飾りもんってことか?」

 

 ゴズが不満げに鼻を鳴らす。

 

「早合点するな、デカブツ」

 

 バーディンは懐から小槌を取り出し、メイスの打撃部をコン、コンと叩いた。

 カン、カァン、と高く澄んだ音が店内に響く。

 

「いい音だろ? 中が空洞なんだ」

 

「中空だと? 手抜きじゃねえか!」

 

「違うはデカブツ、これは古代ドワーフが編み出した高等技術だ」

 

 バーディンはゴズとニックを見上げ、熱弁を振るった。

 

「ただの鉄塊を振り回すだけなら、威力はたかが知れてる。何より使用者への負担が半端ねぇ。だが、このメイスは重心計算が完璧だ。中を空洞にして軽量化しつつ、打撃の瞬間、インパクトの衝撃だけが相手の鎧を貫通するように設計されている。つまり『速く振れて』かつ『威力が落ちない』武器だ。今の鍛冶師には再現できねえ代物だよ」


「僅かながら筋力強化の術も掛かっていやがる。儀式用ってことにはなってるが使われている技術は戦闘を意識した実用的なもんだ」

 

 ゴズの表情が、疑念から欲望へと変わっていく。

 

「よく分かんねけど、すげえ価値があるってことだな?」

 

「ああ。状態も悪くない。専門のオークションに出せば、コレクターや貴族の騎士あたりが金貨80枚は出すだろうよ」

 

「80枚!」

 

 ゴズがカウンターをバンと叩いた。

 

「聞いたかハゲ! 80枚だぞ!」

 

「そりゃ、あくまでオークションでの相場だ」


「それからな、ハゲじゃねぇ。スキンヘッドだ」

 

 ニックが釘を刺すが、ゴズの耳には届いていない。

 バーディンは「じゃあな、鑑定料はツケとくぞ」と言い残し、王都の喧騒へ戻っていった。



 店内には、再びニックとゴズの二人が残された。

 先ほどとは空気が違う。

 ゴズは今や、自分がお宝を握っていると確信し、強気の姿勢を崩さない。

 

「さて、専門家のお墨付きも出た。80枚……と言いたいところだが、俺も鬼じゃねえ。60枚で手を打ってやる」

 

 ゴズは腕を組み、勝利を確信した笑みを浮かべた。

 ニックはため息をつき、カウンターの上のメイスを見下ろした。

 

「いい品だ。それは認める。だが、60枚は出せない」

 

「あ?」

 

 ゴズの眉がピクリと動く。

 

「いいか、よく聞いてくれ。バーディンが言ったのは『オークションなら』という話だ」

 

 ニックは指を折って説明を始めた。

 

「オークションに出すには手数料がかかる。武器のオークションが開催されるのは一ヶ月後だ。それに、こんな特殊な武器を使いこなせる奴は限られている。店に置いても、買い手がつくまで一年かかるかもしれない」

 

「売れるまでの間、俺はこの在庫を管理しなきゃならない。盗難のリスクもあるし、錆止めや手入れのコストもかかる。俺は商売でやってるんだ。利益を出さなきゃ店が潰れちまう」

 

 ニックはゴズの目を真っ直ぐに見据え、静かに告げた。

 

「俺が出せるのは、金貨15枚」

 

 ドガァッ!

 ゴズが拳をカウンターに叩きつけた。

 

「ふざけんじゃねえぞコラァ!」

 

 ゴズはメイスを掴み上げ、ニックの鼻先に突きつけた。

 

「専門家が80枚つった直後に一五枚だと? 足元見てんじゃねえぞ。そのハゲた頭をカチ割って、中身が詰まってるか確かめてやろうか?」

 

 普通の商人なら腰を抜かすところだ。

 だが、ニックは微動だにしなかった。

 彼は静かに視線をメイスからゴズの瞳へと移す。

 

「脅しても値段は上がらんよ」

 

「なんだと?」

 

「あんたは今、そのメイスを俺に売りたがっている。なぜだ? オークションの手続きが面倒だからだろ? あるいは、今すぐ酒を飲む金が欲しいからか?」

 

 図星だったのか、ゴズの表情がわずかに強張る。

 

「チッ」

 

「よそへ持って行ってもいいが、俺の査定とそう変わらんよ。それに、その戦鎚を担いで、また別の店まで歩くのか?」

 

 ニックはちらりと窓の外を見た。

 空は曇り、今にも雨が降り出しそうだった。

 

「濡れれば錆びるし、自分で売るには手入れが必要になる。……面倒だろ?」

 

 ゴズは忌々しそうにメイスを見つめた。

 中空とはいえ、確かに重い。

 ダンジョンからここまで運んでくるだけでうんざりしていたのだ。

 これを持ち帰り、宿の狭い部屋に置いたり、また買い手を探して回る手間を考えると……。

 ゴズの脳裏に、酒場の冷えたエールの幻影が浮かんだ。

 

 金貨15枚あれば。

 一ヶ月は何もしなくても暮らせる。

 三ヶ月後の80枚より、今の15枚。

 それが冒険者の生き方だ。

 

「18枚」

 

 ゴズが唸るように言った。

 

「それ以下なら、アンタを殴って衛兵に突き出される方がマシだ」

 

 ニックはゴズに気が付かれないように、わずかに口角を上げた。

 

「16枚だ。これ以上は出せない。その代わり、今すぐ現金で払う」

 

 数秒の沈黙。

 ゴズとニックの視線が火花を散らす。

 やがて、ゴズは大きなため息と共にメイスから手を離した。

 

「くそっ、分かったよ! 16枚だ!」

 

「商談成立だ」


 ニックは手を差し出した。

 


 金貨を受け取ると、ゴズは早く飲みに行きたいのか、足早に店を出て行った。

 

「あばよ、ハゲ! 次はもっと高いもん持ち込んでむしり取ってやるからな!」


「だから、スキンヘッドだって言ってんだろうが!」


「五月蝿え、ハゲ!」

 

 静寂が戻った店内で、ニックはカウンターに残された古代のメイスを手に取った。


 素晴らしい品だ。

 磨いて整備してオークションにかければ、それまでのコストを加味しても確実に金貨五〇枚は下らない利益が出る。

 

「やれやれ、それにしても荒くれ者相手は寿命が縮むぜ」


 ニックはクロスを取り出し、再び自分の頭を拭いた。

 

 商売は戦いだ。

 だが、血を流さずに勝負できる分、冒険者よりはマシな稼業かもしれない。

 輝くスキンヘッドの店主は、満足げに微笑んだ。



 

 

 2





 店主のニックは、カウンターの中で愛用の鹿革クロスを手にし、日課である「手入れ」に勤しんでいた。

 無論、磨いているのは商品ではない。

 彼自身の頭部だ。

 ニックは見事なスキンヘッドである。

 毎朝の剃毛と保湿、そして丁寧な磨き上げ。

 これらを怠らない彼の頭は、魔導ランプの光を完璧に反射し、薄暗い店内で最も神聖な輝きを放っていた。

 

「……平和だ」

 

 ニックは独り呟き、満足げにその輝きを鏡で確認した。

 先日来店した蛮族風の冒険者・ゴズのような手合いが来なければ、この質屋という仕事は実に優雅なものだ。

 

 その安らぎを破るように、軽やかなドアベルの音が鳴った。

 

 入ってきたのは、先日店を揺らした大男とは対照的な人物だった。

 線が細く、仕立ての良い服を着た優男だ。


 被っている帽子には派手な孔雀の羽飾りがついている。

 背中にはリュート。

 どうやら吟遊詩人の類らしい。

 男は店内を見回し、ニックの頭部を見て一瞬眩しそうに目を細めたが、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「やあ、店主。景気はどうだい?」

 

「見ての通りさ。今日は閑古鳥が鳴いてるよ。冷やかしなら、他を当たってくれ」

 

 ニックがそっけなく返すと、男はカウンターに歩み寄り、「ライル」と名乗った。

 

「つれないなぁ。今日は面白いもんを持ってきたんだぜ? あんた、この界隈じゃ目利きで通ってるんだろ? その目利きを信じてきたってわけさ」

 

 ライルは背負っていた細長い包みを下ろし、もったいぶった手つきで布を解き始めた。

 

「こいつを見てくれ」

 

 現れたのは、一振りの刀だった。

 

「ほう」

 

 黒塗りの鞘に、金細工の金具。

 柄には赤い組紐が巻かれている。

 王国の騎士が使うブロードソードではない。

 

「東方の刀か。珍しいな」

 

「だろ? こいつはいい物だぜ」

 

 ニックは刀を手に取った。

 ずしりとした心地よい重み。

 彼は鯉口を切り、一気に抜き放った。

 

 シャラッ。

 

 涼やかな金属音が響き、店内が一瞬冷えたような錯覚を覚える。

 刀身は鏡のように磨き上げられ、一点の曇りもない。

 魔導ランプの光を受けて、水面のような刃紋が妖しく揺らめいた。

 

「ふむ」

 

 ニックは数秒間、黙って刀を眺め、また静かに鞘へと納めた。

 カチン、と鍔が鳴る。

 

「いかにも価値が高そうだな。土産物屋で売ってる安物の模造剣とは、わけが違うようだ」

 

 ニックの評価に、ライルは我が意を得たりとばかりに指を鳴らした。

 

「さすが、分かってるねえ! 安っぽい大量生産品じゃない。東方の都へ行った時に、向こうの刀匠に頼んで打たせた特注品さ。職人の手作りなんだ」


「だが、あいにく俺は東方の刀には詳しくないんだ。波紋の美しさは分かるが、これが名工の作なのか、それとも器用な職人が作っただけのナマクラなのか、判断がつかない」

 

「なんだよ、目利きじゃなかったのか?」

 

「知ったかぶりをして損をするのは御免なんでね。餅は餅屋だ。ちょうど、近所の道場に詳しい友人がいる。呼んでこよう」


 

 十分後。

 道着姿の男が、店に入ってきた。

 東方の国出身の剣客、ヒエン。

 王都で刀術を教えている師範代であり、ニックとは古い付き合いだ。

 

「ニック、昼間から呼び出しとは珍しい。ほう、これは」

 

 ヒエンはカウンターの刀を見るなり、鋭い眼光を向けた。

 

「東方の刀か。見せてもらっても?」

 

「ああ、頼む」

 

 ヒエンは一礼してから刀を手に取った。

 その所作は流れるようで、ライルも思わず息を呑む。

 ヒエンは刀身を光にかざし、刃の紋様をじっくりと観察した。

 さらに、目抜きを外して柄を抜き、刀身の根元にある刻印を確認する。

 

「見事な物だ」

 

 ヒエンが静かに呟いた。

 

「これは本三枚鍛えという高度な製法で作られている。芯に柔らかい鉄を、皮に硬い鋼を使うことで、折れず曲がらず、よく切れる。銘は正宗の末裔を名乗る現代の名工だな」

 

「へえ、そいつはすげえのか?」

 

 ライルが身を乗り出す。

 

「ああ。武器としての完成度は極めて高い。もし私が門下生に一本薦めるなら、迷わずこれを選ぶだろう」

 

「で、ヒエン。単刀直入に聞くが、いくらなら買う?」

 

 ニックの問いに、ヒエンは腕を組んで考え込んだ。

 

「そうだな。東方からの輸送コスト、そしてこの品質。この王都の武具屋で新品として並ぶなら、金貨30枚の値が付いてもおかしくはない」

 

「30枚!」

 

 ライルが叫んだ。

 

「聞いたか店主! 30枚だぞ!」

 

「あくまで『新品の価格』としての評価だ。じゃあなニック、また夜に酒場で」

 

 ヒエンは役目を終えると、一礼して去っていった。



 店内には、興奮冷めやらぬライルと、冷静なニックが残された。

 ライルは勝ち誇った顔でカウンターを叩く。

 

「聞いたろ、店主。金貨30枚の価値があるってよ」


 ライルの表情から、先ほどまでの「お願い」するような色は消え失せていた。


「さっき俺は一九枚と言ったが、訂正させてもらうぜ。専門家のお墨付きが出たんだ。金貨30枚で買い取ってくれ。それ以下じゃ売れないね」


 鑑定額を聞いた瞬間に強気になる、素人の典型的な反応だ。

 しかし、ニックは眉一つ動かさずに言った。


「ヒエンが言ったのは『武具屋で新品として売るなら』という話だ」


「同じことだろ?」


「全く違う。いいか、よく聞け」


 ニックは諭すように語り始めた。


「30枚というのは、店が客に売る時の値段だ。俺がその値段で買い取ったら、俺の利益はどうなる? 店の家賃は? 俺の人件費は誰が払うんだ?」


「そ、それは」


「それに、うちに来る客は武芸者じゃない。骨董好きのコレクターだ。彼らは『実用性』よりも『歴史』に金を払う。どれだけ切れ味が良くても、昨日作られた剣に30枚出すマニアはいないんだよ」


 ニックはため息をつき、指を二本立てた。


「商売にはリスクがある。売れ残る可能性、在庫を管理するコスト。それらを差し引いて、俺が出せるのは金貨12枚だ」


「12枚!?」


 ライルが大げさに仰け反り、天井を仰いだ。


「おいおいハゲ、ふざけないでくれよ! 30枚の価値があるって聞いた直後にそれはないだろ! 半額以下じゃないか! さっきより下がってるぞ!」


「これが相場だ。質屋は慈善事業じゃないんでね」


「それからな、ハゲじゃない。スキンヘッドだ」


 ニックは腕を組み、譲らない姿勢を見せる。


「12枚で売るか、それとも持って帰るか。好きな方を選んでくれ」


 商談は決裂か。

 

 ライルは悩ましそうに唸っている。

 30枚という数字を聞いてしまった後では、12枚という提示額はあまりにも安く感じるのだ。


 店内に重苦しい沈黙が流れた。

 ニックは心の中でまあ、引き下がるならそれでもいい、と考えていた。

 確かに美しい剣だが、リスクを冒してまで仕入れる必要はない。


 だが、ライルは引き下がらなかった。

 彼はニヤリと笑うと、吟遊詩人特有の、人を惹きつける声音で囁いた。

 

「アンタ、商売人のくせに、最近の『流行り』を知らないのか?」

 

「流行り?」

 

 ニックが眉をひそめる。

 

「王立劇場で、今やってる演目だよ。『東方剣客伝』。知らないか?」

 

「芝居か? すまんが、俺は劇場の固い椅子に座ってるより、自分の頭を磨いてる方が好きなんでな」

 

「もったいないねえ。今、あれは大ヒット中なんだぜ。連日満員、チケットは即完売だ」

 

 ライルは身を乗り出し、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「その芝居の主役が、こういう東方の刀を使って悪党をバッサバッサと斬り捨てるんだ。それがもう、王都の若え貴族や商人のドラ息子たちのハートを鷲掴みにしてるってわけさ」

 

 ライルはカウンターの上の刀を指差した。

 

「奴らは今、みんな東方の剣士に憧れてる。酒場でこの手の東方剣を腰に下げて、『拙者は』なんて気取りたがってるのさ」

 

「なるほど」

 

 ニックの脳裏に、先日来店した貴族の放蕩息子の顔が浮かんだ。

 高価な服を着て、実戦経験もないのに冒険者や英雄の真似事をしたがる連中。

 

「ダンジョン上がりの、血と泥にまみれた本物の剣じゃ、女の子にはモテない。奴らが求めているのは見栄えのする刀さ」

 

 ライルの言葉には、説得力があった。

 ニックはハッとした。

 自分は「骨董としての価値」としての視点に固執しすぎていた。

 

(古いか、新しいか。そんな物差しだけで見ていたが)

 

 目の前にあるのは「歴史のない実用品」ではない。

 「流行の最先端アイテム」なのだ。

 

「今、このタイミングなら、見栄でこの刀を買おうとするやつがいる。実戦で使うわけじゃない、インテリアとして飾ったり、腰に下げて見せびらかすには最高だろ?」

 

 ライルはニックの表情の変化を見逃さなかった。

 

「もうちょい頼むよ、芝居かぶれのボンボン共に売れば、倍の値だってつくぜ? 二○枚でどうだ?」


 ニックは腕を組み、数秒間、沈黙した。

 頭の中で計算盤を弾く。

 金貨20枚で仕入れる。

 ショーケースに入れ、『東方の刀・特注品』と銘打って飾る。

 ターゲットは金持ちたち。

 値段は強気に金貨40枚、いや50枚でも売れるかもしれない。

 

 質屋で骨董品を扱う店主としてのプライドは「歴史のない物は買うな」と告げている。

 だが、商売人としての勘は「これは売れる」と叫んでいた。

 古いだけが価値ではない。

 客が今、喉から手が出るほど欲しがっている物こそが「価値あるお宝」なのだ。

 

「分かった」

 

 ニックは深く頷いた。

 

「アンタの勝ちだ、ライル。確かに、うちのショーケースに飾れば、いい客寄せになりそうだ」

 

「だろ? 展示品としても映えるはずだ」

 

「ああ。状態も完璧だし、錆落としや研ぎ直しの手間賃が浮いたと思えば、悪くない取引だ」

 

 ニックは金庫を開け、重みのある革袋を取り出した。

 

「金貨20枚で行こう」

 

「よし、決まりだ!」

 

 ライルは満面の笑みで右手を差し出した。

 ガッチリと握手を交わす。

 ニックがカウンターに金貨を積み上げると、ライルはそれを手早く数え、懐に仕舞い込んだ。

 

「ありがとよ、店主!」

 

 ライルは帽子を被り直し、リュートを背負うと、ご機嫌な足取りで店を出て行った。

 カラン、コロン、というベルの音が、先ほどよりも軽やかに聞こえた。

 

 再び静けさが戻った店内で、ニックは買い取ったばかりの刀を手に取った。

 魔導ランプの光を受けて、刀身が鋭く輝く。

 

「いい輝きだ」

 

 自分の頭と同じくらいに。

 ニックは苦笑した。

 

「それにいい勉強になった」

 

 自分の固定観念だけで商売をしていては、大きな魚を逃すこともある。

 世の中には、歴史よりも輝く「旬」という価値があるのだ。

 

 ニックはその刀を、通りからよく見える特等席へと丁寧に飾った。

 明日はきっと、芝居かぶれの金持ちたちが、この輝きに釣られてやってくるに違いない。

 そう考えると、ニックの愛想のない顔にも、自然と笑みがこぼれるのだった。





 3





 夜、王都ルハンブルクの下町。

 喧騒はなりを潜め、冷たい夜風が路地裏を吹き抜けていく。

 質屋『黄金亭』の店内で、店主のニックは一人、帳簿を閉じた。


 魔導ランプの明かりに照らされる部屋で、彼はカウンターの上に積み上げられた金貨の山を前にしていた。


「ふん、悪くない」


 ニックは金貨を弾いた。

 先日、蛮族風の冒険者ゴズから買い叩いた古代のメイス。

 あれは予想通り、オークションで高値がついた。

 そして吟遊詩人のライルから仕入れた東方の刀。

 あれも流行に敏感な貴族の三男坊が、刀の倍近い価値のある宝石と交換していった。


 ニックは金貨と宝石を数え、革袋に詰めていく。

 端から見れば、強欲な守銭奴がその日の上がりを愛でている図にしか見えないだろう。


 彼はその革袋を、使い古されてボロボロになった背嚢の底へと無造作に放り込んだ。

 上から薄汚れた毛布を詰め込み、外からはただのガラクタが入っているように偽装する。


「よし、これだけあれば」


 ニックは呟くと、店を出て、扉に鍵をかけた。

 二重、三重に施錠を確認する。


 彼の左手には、使い込まれた黒檀の杖が握られている。

 杖に体重を預けると、古傷の膝が鈍く痛んだ。

 かつてダンジョンの奥深くで受けた矢傷の後遺症だ。

 この痛みがある限り、彼はもう二度と剣を持って走ることはできないのだ。


 夜霧の立ち込める路地裏へ、ニックが足を踏み出したその時だった。


「孤児院に行くのか?」


 背後の闇から、低い声がかかった。

 殺気はない。

 だが、素人なら心臓が止まるような鋭い気配。

 ニックは驚く様子もなく、杖をついたままゆっくりと振り返った。


「なんだ、居たのか」


 路地の影に、一人の男が腕を組んで立っていた。

 先日、刀の鑑定をしてくれた東方の国出身の剣客、ヒエンだ。


 ヒエンは呆れたように肩をすくめた。


「物好きなことだ。こんな世の中だぞ。自分のことで精一杯な奴の方が多いというのに」


「ああ、これが俺の稼ぐ理由なんでね」


 ニックは短く答え、歩き出した。

 ヒエンもまた、当然のようにその横に並ぶ。


 ニックは夜空を見上げ、言った。


「俺は元冒険者だ。ハイリスク・ハイリターンが信条だ。だが孤児院への投資は、リターンが『笑顔』だけときたもんだ。商売としては最悪の効率だな」


「違いない。だが、お前のおかげで、救われている命があるのも事実だ」


 ヒエンは微かに口元を緩めた。


「道中ぐらい護衛してやるよ、ハゲ」


「だからハゲじゃねえ、スキンヘッドだ」


 ニックは即座に言い返した。


 

 『聖カタリナ孤児院』。

 古びた石造りの建物だが、手入れが行き届いている。

 窓からは暖かな明かりが漏れ、屋根の煙突からは白い煙が真っ直ぐに夜空へ昇っていた。


 ニックがドアをノックした。

 直後、建物の内側からドタドタドタ、という賑やかな足音が近づいてくる。


「はーい!」


 ガチャリとドアが開き、小さな影が飛び出してきた。

 亜麻色の髪をした小さな女の子、ニナだ。

 彼女はニックの姿を見るなり、その目を輝かせた。


「あー! ハゲのおじちゃんだ!!」


 ニナはニックの足に抱きつこうとして、杖を見て寸前で止まり、反対に回り込んで彼の太ももに抱きついた。


「だから、ハゲじゃねえって言ってるだろう! ニナ! スキンヘッドだ!」


 ニックがわざとらしく怒鳴ると、ニナは「キャー!」と叫びながら、満面の笑顔で孤児院の中へ駆け込んでいく。

 その背中を見送るニックの顔からは、昼間の「がめつい店主」の険しさは完全に消え失せていた。


「まったく、教育がなってないな」


「お前が甘やかすからだ」


 ヒエンが苦笑する。

 すると奥から、質素な修道服に身を包んだ女性が現れた。

 シスター・マリアだ。

 この孤児院をたった一人で切り盛りしている彼女は、ニックたちの姿を見て安堵の息を吐いた。


「まあ、ニックさん。それにヒエンさんも。こんな夜遅くに」


「近くまで来たついでだ」


 ニックはぶっきらぼうに言うと、背負っていた背嚢を下ろし、無造作に差し出した。

 ドサリ、と重い音が床に響く。


「これを使ってくれ。暖炉の薪もケチらなくていいはずだ。中には冬を越すのに十分なだけの金が入っている」


 シスター・マリアは目を見開いて袋の口を開けた。

 中にある革袋を確認し、息を呑む。

 だが、ニックはそこで動きを止めなかった。

 背嚢から、もう一つ別の、小さな革袋を取り出したのだ。

 小さいが、中身は金貨ではなく、さらに高価な宝石類だった。


 ニックはシスターの手に、その小袋を握らせた。


「ノアの『魔力欠乏症』の治療費に使ってくれ。発作が起きる前に、薬師からポーションを取り寄せてやってくれ。あれは高いからな、これで足りるはずだ」


 シスターの手が震えた。


「ノアちゃんの薬代まで。あの子の治療には、莫大なお金がかかるのに」


「金ならある。あいつの顔色が先週より悪かったのが気になってな」


「あと、リサの夜泣きはどうだ? まだ治まらないようなら、少し奮発して高い安眠香を焚いてやるといい。マルコの擦り傷は化膿してないか? あいつは痛みを隠す癖があるから、風呂の時に見てやってくれ」


 ニックは次々と子供たちの名前と、それぞれの抱える事情を口にした。

 彼はただ金を出すだけの支援者ではない。

 子供たち一人一人の健康状態、性格、そして些細な変化まで、まるで自分の家族のように把握していた。


「ありがとうございます。本当に。有難く受け取ります」


 シスターは深く頭を下げた。

 目には涙が浮かんでいる。


「子供たちも喜びます。よかったら、晩御飯ぐらい食べていってください。スープが残っていますから」


「いや、遠慮しておく。酒がねえと飯が食えない性分でな」


 ニックは手を振って背を向けた。

 長居は無用だ。

 礼を言われるのは、どうにも尻がむず痒い。


 

 帰り道。

 荷物がなくなった分、軽くなった背中を丸め、ニックは杖をついて歩く。

 ヒエンがニヤリと笑い、夜空を見上げた。


「あの刀の利益も、子供たちの薬や薪代に化けたわけか。あの吟遊詩人も、まさか自分の売った刀が孤児を救うとは夢にも思うまい」


「うるさいぞ。冬に寒いのは辛いからな。膝に響くんだよ」


 ニックは杖をつきながら、言い訳のように呟いた。


 雲の切れ間から月が顔を出し、ニックのスキンヘッドを照らし出した。

 その頭部は月明かりを受けて輝いている。

 昼間、店内で放つ鋭い輝きとは違う。

 それは金貨の冷たい輝きよりも、ずっと温かく、優しい光に見えた。


「明日も稼ぐぞ」


「その前に、居酒屋だ。付き合ってやったんだ、奢りだろうな?」


「しゃあねえな、飯のついでだ」


 二人の影が、長く伸びて夜の路地に溶け込んでいく。

 遠くの空で、冬の訪れを告げる風が鳴いたが、二人の足取りは温かかった。


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