第6話「変わり果てた世界」

 長い地下道を抜けた先で、視界が一気に広がった。

 まぶしさに思わず目を細める。二百年たっても変わらず太陽はそこにあった。

 久しぶりの日の光は容赦なくアインを照り付け、今はそれがたまらなく心地いい。



 だが、目の前に広がったのは空だけでは無かった。

 折れた木々、崩れる建物、澱んだ大地。風が撫でるたびに砂と灰が舞い上がる。

 

 ここは魔王城に最も近い町。

 二百年前に仲間と立ち寄った町は完全に廃墟と化していた。



 二人は一言も言葉を交わさないまま町の中を進んでいく。

 リヴは俯きながら歩き、アインは辺りを警戒しながら歩く。するとアインは焼け落ちた屋台の骨組みを発見する。

 胸の奥が痛む。


「……あそこでザックが焼き鳥を盗んだ」


 誰に告げるわけでもない。独り言のようにつぶやき、言葉は風に流される。


 魔王城に向かう前日。

 腹をすかせたザックが、焼きたての串を数本掴んで逃げだした。

 店主が怒鳴り、町人が追いかける。

 ニーナが笑い、ヨミがため息をつく。アインは底をつきかけたお金を店主に払い、場を収める。


 あの時確かにここに居た。

 ザックも、ニーナも、ヨミも。

 確かにここで生きていた。


 今はもう、誰も居ない。



「……」


 アインはポケットからコインを取り出す。あの時支払った残金だ。

 コインに刻まれた女神に睨まれているような気がして、アインはすぐにそれをしまう。





「誰だ!」



 突如目の前に瘦せこけた少年が現れた。手には錆びたナイフが握られている。

 一人ではない。彼の後ろにはさらに五、六人の子供たちが不安そうにアインとリヴの姿を眺めている。


「……戦争孤児か」


 アインは無意識にそう呟く。

 魔族と人類の戦争で親を失った子供たち。二百年前、救えなかった者たち……そう思った。


 だが、すぐに違和感に気づく。

 子供たちの中にひときわ小さな影がある。

 深くかぶった頭巾、その中から折れた角が突き出ている。


「お前、魔族か」


 アインの問いかけに一気に空気が凍り付く。

 子供たちはその魔族を庇うように前に出て手を広げる。


「違う!いや、違くないけど、でも違う!」


 ナイフを握りしめた少年も必死で否定する。

 だが、庇われた魔族の子供が口を開く。


「そうだよ。でもいい子にしてるよ。みんな友達」


 その言葉にアインは言葉を失った。


 子供とはいえ、人間と魔族が共存している。

 そんなわけがない。

 魔族は敵、滅ぼすべき悪。アインは子供のころからそう教わり、そう信じてきた。

 そしてそれがこの世界の現実だった。



 リヴが一歩前に出て静かに膝をつく。


「あなた、お名前は?」

「ない」


 魔族の子供は感情のない声で答える。

 リヴは一瞬息を詰まらせたように見えたが、すぐに微笑む。


「そう……」



 アインはナイフを握る少年に躊躇なく近づく。少年は慌ててナイフを強く握り返すが、アインは歩みを止めない。


「な、なんだよ。やろうってのか?痛いぞ!し、死んじゃうぞ!」


 ぶんぶんナイフを振り回す少年。アインは素手でナイフの刃を握りしめると、少年からナイフを奪い取る。

「ひ、ひいぃ」


 流れ出るアインの血を見て尻もちをつく少年。アインはナイフを投げ飛ばすと少年に疑問を投げかける。


「なぜ魔族と共にいる?そいつらは敵だ。そいつらのせいでお前たちは家族を失ったんだろう」


 凄むアインに何か言いたげなリヴだったが、それよりも早く彼らの中にいた少女が言葉を漏らす。


「敵ってなあに?この子は敵なの?」


 あどけない少女の言葉に、アインは次の言葉が見つからない。



「ここを襲ったのは人間だ」


 子供たちの中で一番背の高い少年。恐らく彼らのリーダーだろう。その少年はアインの知りたかった事を端的に答える。


「赤い旗と青い旗を持っていた。どっちも人間だ。戦って、燃やして、奪って、殺して」


 彼は淡々とアインに語る。


「……もういい」


 

 アインは子供たちに背を向け、リヴの方を向く。

 

 魔族がいなくても人は争う。

 魔族がいなくても人は人を殺す。

 自分たちは世界を救えなかった。

 だが、救えていたとしても何も変わらなかったのではないか、そんな考えにアインは苛まれる。

 

 剣が、重い。


 リヴは唇を噛みしめている。

 きっと彼女はこの現実を知っていたのだろう。自分よりも長く、何年もの間この世界を目の当たりにしてきたのだろう。


「俺は……」


 その先は続かない。

 魔王を倒せば世界は救われると信じていた。



「用がないならとっとと出ていけ。この場所まで俺たちから奪うのか」


 リーダー格の少年が後ろから言葉を投げる。

 それは明確な拒絶だ。



「すまない」


 そう答えるのがやっとだった。

 

 リヴは黙って子供たちに頭を下げる。

 魔族の子供は無邪気に手を振っている。



 子供たちが去った後もアインはしばらくその場から動けなかった。

 ナイフで傷ついた手はすっかり治っていたが、心に残された傷はそう簡単には癒えない。

 リヴは何もできない自分の無力さを嘆きながら立ち尽くしていた。

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