第5話「願い」
地上での地響きが嘘のように隠し通路内は静まり返っていた。城の地下牢のようにジメジメしていて薄暗い。しばらく出入りする者が居なかったのか、リヴが魔術で明かりを灯すと至るところに蜘蛛の巣が張り巡らされていた。明かりがあってもなお薄暗く、数メートル先は闇に包まれている。
「待て」
先へ進もうとするリヴの腕をつかむアイン。説明がまだだとリヴを引き留める。リヴは観念し、アインに語り始める。
「ここへの扉は特別な力で封印されています。人間や普通の魔族では侵入できません。この封印を解くことができるのは魔王と私だけです」
「姫と呼ばれていたが、お前は魔王の娘なのか?」
リヴの語った内容には一切反応せず、核心に触れるアイン。殺意が増していくアインに対して黙って頷くリヴ。アインはさらに質問を続ける。
「それともう一つ。お前はヨミを知っているようだが、お前とヨミは一体どういう関係だ?その姿、その声、お前は一何者だ?」
ついにその質問が来たかとリヴの表情が沈んでいる。答えればきっとアインをさらに傷つけてしまう。だが答えないわけにもいかない。答えるまでアインはいつまでも待ち続けるだろう。
「ヨミは、私の母です」
魔王が死んだこと、いつの間にか二百年経っていたこと、リヴが魔王の娘だったこと、今日は散々驚かされてきたアインだったが、それらがすべて吹き飛ぶほどの衝撃がアインを襲う。
「父……魔王は二百年前のあの戦いで生き残ったヨミ……母の精神力に大変興味を示したそうです。その力を魔族に取り入れれば魔族全体の強化に繋がると」
リヴが説明を続けているがアインの耳には入ってこない。
リヴはあの日確かに生き残った。生き残ったが、だが……
アインの頭は真っ白になる。
「母は激しく抵抗したそうですが、手足の機能を奪われ強引に……」
説明するリヴの目には涙が浮かんでいる。それでも口は閉ざさない。この真実を伝えるのが自分の使命だと言葉に力を込める。
「程なくして私が生まれました。が、それと同時に母はすっかり憔悴しきってしまい、そんな母に興味をなくした魔王は彼女を幽閉しました」
だんだんと真っ白だったアインの脳内がどす黒く澱んでいく。
「母は魔王を憎んでいましたが、私の事はとても可愛がってくれました。いろいろな話を聞かせてくれました。私はそんな母が大好きで、そしていつも……」
「ふざけるなよ」
ようやく口を開いたアインから飛び出したのは憎悪のこもった言葉の数々だった。
「ふざけるな!散々人々を苦しめ、傷つけ、俺の仲間を殺し、挙句の果てにヨミの心と体を辱めたのか!下卑た魔族め、どこまで俺たちを苦しめれば気が済むんだ!」
人類から発せられる悪意とはこれほど大きくなるのかと戦慄するリヴ。アインを苦しめるつもりなどないが、自分にそのつもりがなくとも自分は魔族だ。きっとそれだけでアインにとって自分は憎悪の対象なのだろう。
かける言葉が見つからなかったリヴは思わず彼の名をつぶやいてしまう。だが、それが一層アインの怒りを駆り立てる。
「アイン、私は……」
「その顔で、その声で、俺の名を口にするなァ!薄汚い魔族が!」
アインの叫びが何度も何度も反響し、何度も何度もリヴの心に突き刺さる。胸が張り裂けそうになり、体が熱くなる。それでもリヴは前を向く。
「母はいつもあなたの話をしていました」
声を張り上げ、リヴはヨミの優しく穏やかな表情と最期の言葉を思い返す。
「私にはこの世で大切な人が二人いるの。一人はもちろんあなた。そしてもう一人はアイン。きっとまだ生きていてこの城のどこかに捕らえられているはずよ。助けに行ってもう一度顔を見たかったけれど、私にはもう無理」
ヨミは自分の動かなくなった足と、まだ幼いリヴの姿を順番に見る。感覚のない腕を伸ばすヨミにリブは抱きつく。
「だったら私が助けるよ。お母さんの大切な人は私にとっても大切な人だよ」
母を喜ばせようと満面の笑みを浮かべながらそう告げるリヴ。ヨミは大粒の涙を流しながら弱々しくリヴを抱き寄せる。
「ごめんね、ごめんね。本当はこんな危険なこと、やめろって言わなくちゃいけないのに」
リヴを抱きしめるヨミの力はどんどん弱くなっていく。それでも決して離そうとはしない。
「リヴ。私の大切なリヴ。私の分まで生きて。そしていつか、アインを助けてあげて」
その言葉にリヴが頷くのを見届けると、ヨミは満面の笑顔を浮かべた。そしてその体が冷たくなるまで最愛の娘、リヴを抱きしめ続けた。
「だから私はあなたを助けます。これは母の願いであり、母との約束です」
赤い目をさらに真っ赤に腫らしながら、リヴは決意に満ちた眼差しでアインを見つめる。その凛々しく気高い姿がヨミと重なり、アインの瞳から一筋の涙がこぼれる。
(ヨミ……)
「俺の呪いについて知っていることは?」
「え、あの、その」
まだアインから蔑みの言葉が来ると覚悟していたリヴは思わず気の抜けた声が出てしまうが、すぐさま気を張りなおして返答する。
「っん。それは魔王による不死の呪いです。呪いは通常は術者が死ねば解けるのですが」
「ならばもう……」
アインの言葉をリヴはすぐに否定する。
「いえ、魔王の呪いは特別です。魔王は死に際にその力をすべての魔族に分配しました。恐らくすべての魔族を殺さなければ呪いは解けません」
「そうか。俺はまだヨミのところへは行けないわけだな」
少し笑みがこぼれるアイン。二百年ぶりに生きる意味ができた。
「俺は魔族を殲滅する。そしてヨミに会いに行く。お前が俺を助けるというならそれを手伝ってもらう」
そう宣言すると、リヴの返答を待たずにアインは地下道を進んでいく。
(魔族の殲滅、それは私も……)
リヴはアインの決断を覚悟していた。
出来る出来ないではなく、ヨミから聞いていたアインならきっとこうするだろうと予感していた。だがそれでよかった。たとえ自分が死ぬことになったとしても、それが母の願いならば。
「どうした、早く来い。先が見えないだろ」
「は、はい!」
先を行くアインが明かりの催促をし、リヴは慌てて駆け寄る。
「生きて」という願い。
「アインを助けて」という願い。
両方かなえることはできない。なら精一杯生きてそして最後はアインのために死のう。リヴはそう考えて歩き出す。
死へと完結する二人の死物語が始まった。
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