第3話「出会い」
あれからどれだけの時が経っただろう。どれだけ死んだのだろう。数えるのはもうずいぶん前にあきらめた。
どうやら俺は単純に魔族の遊び道具にされる以外にも、訓練としても使われているらしい。決して壊れないサンドバックだ。
結局ヨミの安否はわからない。あの後すぐに食われたのかもしれない。もしかしたら俺と同じ目にあっているかもしれない。なんとか逃げ延びているかもしれない。
どこまで行っても「かもしれない」だが、今のアインにとって生きている意味があるとしたらそれだけだった。
そろそろ時間か。
魔族たちが自分を破壊しに来る時間は体に記憶されている。もう痛みにもすっかり慣れてしまったが、体中を魔物たちに好き放題にされるあの屈辱と憎悪はいつまで経っても消えてくれない。だがいくら絶望しても現実は容赦なくアインのもとに訪れる。
しかしその日アインの前に姿を現したのはいつもの魔族たちではなかった。
「ヨミ……!」
その姿を一目見た途端、アインは思わず大声を出す。
牙と尖った耳。深紅の瞳と腰まで伸びる青い髪を除けば、その女性はヨミに瓜二つだった。
女性は少し俯き悲しそうな顔を見せたが、正面を向くと自己紹介を始める。
「いえ、私はヨミではありません。私の名前はリヴです」
俺は目を奪われた。
目の前にいるのは魔族だ。あの牙が、あの耳が、それを視覚的に知らせてくる。だが、あのまっすぐな瞳が、凛々しい立ち姿が、それがヨミだと訴えかけてくる。
「何の……ようだ。今日はお前が俺を使うのか」
アインは悪意を込めた視線でリヴに問いかける。
リヴはアインの視線に怯えることなく、燃えるような瞳で質問に答える。
「魔王が死にました」
特に表情を表に出さずにそう告げたリヴの言葉をアインは理解できなかった。正確には信じることができなかった。あれほどの力を有した魔王が簡単に殺されるとは到底思えなかったからだ。
そんなアインの心情を察してか、リヴは追加情報を述べていく。
「殺されたのではありません。魔王は寿命で死んだのです」
その言葉はさらにアインを困惑させた。魔族の寿命がどれほどなのかはわからないが、人類と同じとは考えにくい。
アインは恐る恐るリヴに質問する。
「俺がここに囚われてから、一体どれ程経ったんだ?」
「二百年です」
まるでそう質問されるのがわかっていたかのように、リヴは間髪入れずに答える。
言葉を失う。
実感はまるで無い。
聞きたいことは尽きないが、どうやらそんな場合では無いらしい。
今度こそ間違いなくいつもの魔族たちの足音だ。彼らは次期魔王について話しているようで、アインはリヴの言葉が嘘ではないと確信する。
「時間がありません!私はあなたをここから逃がします。あなたは私を盾にして城の外まで出てください!」
そう言うとリヴはアインの拘束を解き、警戒するアインを半ば強引に牢から引きずりだす。そして背負った袋から剣と防具を取り出すとアインに投げ渡す。アインはリヴを無視して歩き出す。
「ちょ、一人で行くつもりですか?」
「一人で十分だ」
リヴから敵意は感じないが、この魔族は仲間ではない。
武器さえあれば何とかなる。すっかり握り方など忘れてしまったかと思っていたが、体はしっかりと覚えている。
「おや?お散歩かい、元勇者様」
姿を現した魔族はアインが牢を出てあまつさえ武器まで握っているにもかかわらず一切警戒していない。
「ふん、無抵抗の俺を殺したことで俺より強くなったつもりか?貴様らのような雑魚、武器さえあればどうということはない」
余裕の表情を見せていた魔族たちだったが、おもちゃとしてしか考えていなかったアインの挑発を受けると簡単に怒りを現した。
「このカスが!まだ死に足りねぇのか!」
魔族の一匹が鋭い爪でアインに襲い掛かる。今まで何度もそうしてきたようにアインの肉を抉ろうとするが、剣を手にしたアインの敵ではなかった。軽く爪を受け止め、一刀両断する……はずだった。だがそれよりも早くリヴがアインと魔族の間に割って入る。
「待ちなさい、この人間は私の獲物です。手出しは許しません」
「ああ?何だお前……ってリヴ様⁉」
リヴの姿を見た途端、魔族たちは慌てふためく。先ほどまでの殺意と威勢はどこにも感じられない。
「な、なぜあなた様がこのような場所に?」
「あなた方には関係のない話です。違いますか?」
ゆっくりと、そしてずっすりとしたリヴの言葉に、魔族たちは何も答えられずにその場から去っていく。それを確認したリヴは大きく息を吐くとアインのほうを振り向く。しかしそこにアインの姿は既に無く、アインは魔族たちが消えた方向に向かって走り出していた。
「だから待ってください!」
慌ててアインを追いかけるリヴだったが、アインはどんどん先に行ってしまう。
今までさんざん自分を痛めつけてきた魔族を殺すチャンスをみすみす奪われ、アインの怒りは沸騰していた。二百年ぶりに血液が熱くなり、アドレナリンが湧き上がってくる。
「あなたを助けたいんです!」
歯を噛みしめ、振り返るアイン。頭がこんがらがってくる。
「俺がいつお前に助けを求めた!魔族風情が!」
「あなたではありません。ヨミです」
ヨミの名前が出るとアインの怒りが引いていき、代わりに淡い希望が押し寄せる。
「生きて、いるのか?」
恐る恐る聞くアインだったが、直後にリヴが見せた悲しげな表情に、希望を抱いたことを後悔する。
「詳しい事はここを出てから必ず話します。ですから、今は何も聞かずに私についてきてください」
「……いいだろう」
アインは一つも納得していない表情でそう答える。だがそれでもリヴはようやく安堵し、彼の前に飛び出すと辺りを警戒しながら城の出口を目指し始めた。
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