第2話「使い道」

 目を覚ましたアインの前に広がっていたのは、どこまでも続く闇だった。

 仲間の姿はどこにもない。体を起こそうとして、すぐに異変に気づく。指先一つ、思うように動かせなかった。

 最初に浮かんだ疑問は、なぜ自分がまだ生きているのか――いや、生かされているのかだった。

 ザックとニーナは、あの場で無残に殺された。ヨミがどうなったのかは、分からない。


「……くそ」


 声を出したつもりだったが、喉から漏れたのは掠れた息だけだった。

 視界が徐々に闇に慣れてくる。そこは城の地下だった。湿った石壁、鼻を突く血と鉄の臭い。両手両足は冷たい鎖で繋がれ、壁に磔にされている。力を込めても、鎖は軋みすらしない。

 体の至るところが痛む。だが、どこも致命的ではない。

 ――死ねていない。

 その事実を理解した瞬間、背筋に冷たいものが走る。あの時の魔王の言葉が、脳内に反響した。


「使い道がある」


 それがきっと、俺が生かされた理由なのだろう。言葉の意味はまだ分からない。だが、考える間もなく、それは向こうからやってきた。

 闇の奥から、足音が聞こえる。ひとつではない。複数の、重く、雑多な足音。


「まだ生きてるぞ」

「さすが勇者だな」

「どこまで壊れるか試してみるか?」


 下卑た笑い声。魔族だ。

 次の瞬間、視界が揺れた。何かが腹部に叩き込まれ、体が鎖ごと壁に打ちつけられる。鈍い音と共に、骨が砕ける感触がした。

 激痛。だが、意識は途切れない。


「……が、ぁ……!」


 声にならない悲鳴を上げるアインを見て、魔族たちは楽しそうに笑った。


「ほら、まだ生きてる」

「すげえな、心臓も動いてるぞ」


 再び衝撃。腕が不自然な方向に折れ、視界が白く染まる。

 ――それでも、死なない。

 どれほど壊されても、しばらくすると痛みは薄れ、砕けた骨はいつの間にか元に戻っていく。

 

 血は止まり、呼吸は続く。時間の感覚が、曖昧になっていった。どれほど経ったのか分からない。眠ったのか、気を失ったのか、それすらも判断できない。ただ、繰り返される。殴られ、壊され、そして戻る。そのたびに、心の中で何かが削れていくのを感じていた。

 勇者としての誇り。

 人間としての尊厳。

 それでも、ある名前だけは、何度も胸の奥で繰り返していた。

 ――ヨミ。

 忘れたら終わりだと、本能が告げていた。

 

 闇の中で、再び足音が近づく。


「次はどうする?」

「首、落としてみるか?」


 アインは歯を食いしばった。次の瞬間、首がねじ切られる。しかし死ねない。いつの間にか首は元あった場所に収まっており、その様子を見た魔族たちは狂喜乱舞する。


「ぎゃははは!」

「すげえすげえ!永遠に遊べるぜ!」

「次は何する?」


 死なない。

 終わりが来ない。

 苦しみは永遠に続く。


 ここは処刑場ではない。ここは俺を使いつぶす場所だ。


 こうして勇者の時間は止まった。

 そして地獄は静かに始まった。




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