デッドエンドストーリー 〜不死の勇者の死物語〜
ガブ
第一章 「逃走編」
第1話「魔王」
魔族。彼らの登場からわずか数十年で世界の四分の一が支配され、人類は衰退を余儀なくされた。しかしいつの時代にも立ち向かう者たちは存在する。
「ようやくここまでたどり着いたな」
魔族たちの王、魔王を討つべく旅に出た青年アイン・バーレンは、鋭い眼光で禍々しい城を睨みつける。彼の後ろにはここまで苦楽を共にした仲間が魔王の根城を見上げている。
「どうした?怖気づいたか?」
「まさか」
アインの言葉を間髪入れずに否定する黒髪の女性。彼女の名はヨミ。アインと同じ村の出身だ。アインが剣に精通しているならば、彼女は癒しの術に長けている。この城まで生きてたどり着けたのは間違いなく彼女のおかげだろう。
「よっしゃ!さっさと魔王をぶっ倒してうまいもんでも食べようぜ!」
「集中、死ぬよ」
食べ物に目がない橙色の短髪の青年ザック。齢十二にして魔術を極めし黄金色のツインテール少女ニーナ。道中仲間に加わった二人の存在も魔王軍討伐には欠かせない存在だ。
「皆、準備はいいな」
そのアインの問いかけに首を横に振るものは一人もいない。皆、頼もしい顔つきで城に乗り込んでいく。
城の中はまさに魔窟だった。いたるところから瘴気が溢れており、気を抜けば一瞬で心を蝕まれてしまいそうだ。魔族もそこらじゅうから飛び出してくる。ここまでたどり着いたアインたちにとっては大した敵ではないものの、雪崩のように襲いかかってくれば話は別だ。確実に彼らの体力を奪っていく。
「ヨミ!回復だ!」
「待って、こっちも手が離せない!」
「ザック、盾になって!私が魔術で一掃する!」
「おうよ!」
ザックの体力が尽きる寸前、ようやくニーナの持つ杖から目を開けていられないほどの光が放たれる。魔族たちはその光に飲み込まれ、アインが目を開けるとそこには大の字に倒れるザックだけが残されていた。
「生きてる?」
「な、なんとか」
ニーナは倒れるザックの手を取る。ヨミはヘトヘトになりながらザックに癒しの術をかけていく。
「ヨミ、あまり無茶をするな。本番はこれからだぞ」
「無茶くらいするわ。勝つためだもの」
心配そうに声をかけるアインに笑って応えるヨミ。体はふらついているが、その瞳は力強い。
ヨミがザックを癒し終えると、アインはヨミの体を持ち上げ、自分の背中に背負う。
「ちょ、ちょっとアイン!」
恥ずかしそうにするヨミだが、アインは気にせず背負い、歩き始める。そんな二人の姿を後ろからザックとニーナが冷やかしながら続く。
しばらくするとヨミの体力も回復し、咳払いをしながらアインの背中から降りる。進むにつれ魔族の数は減っていったが、それと同時に辺りの雰囲気はどんどん禍々しさを増していく。それは着実に魔王に近づいている証拠であり、四人も肌でそれを感じる。
「ここね、間違いなく」
四人は巨大な扉の前で立ち止まり、ヨミが多少の恐怖感を顕にしながら呟く。
「すげえな。とんでもねぇオーラだ」
普段は常に余裕の表情を浮かべているザックだが、魔王を前にして冷や汗が止まらない。
「ここまで来た。なら後は勝つだけ」
いつも通り表情を変えずに強い言葉を放つニーナ。しかしその小さな体は確実に震えている。
「ニーナの言うとおりだ。この世界の命運は俺たちの手にかかっている。負けるわけには行かない」
これまでの旅路を思い出しながら、アインは剣を片手に勢いよく扉を開ける。四人の目線の先にはこの城の主が不敵な笑みを浮かべながら巨大な椅子に腰掛けていた。その周りには無数の魔族が潜んでいたが、そんな魔族たちはもう目にはいらない。
「ようこそ、わが城へ」
青の長髪。そしてとても血が通っているとは思えない青白い肌。魔族の象徴である牙と尖った耳を持ったその男は、まるで友人でも迎え入れるように一切警戒する素振りを見せない。しかし、いやだからこそというべきか、四人は部屋の入り口から全く動けずにいた。
「どうした?来ないのか?」
脳に直接語りかけてくるような魔王の言葉を受け、四人の血の気が一気に引いていき、全身から汗が噴き出してくる。ここまで決して楽な道のりではなかった。だがどんな困難も力を合わせて乗り越え、そのたびに自信を付けてきた。しかしそんな自信はこの一瞬で地面に落としたガラス細工のように粉々に砕け散った。
「来ないのならこちらから行くぞ」
魔王の言葉が届くと同時にザックの体が悲鳴を残すこと無く吹き飛ばされる。残されたのは血しぶきと盾を握ったままの彼の左腕だけだ。
「ザック!」
吹き飛ばされたザックの下に駆け寄るヨミ。体はなんとか人の形を保っているものの、その命は風前の灯だ。
「フレイムランス!フレイムランス!フレイムランス!フレイムランス!フレイムランス!」
得意呪文を連発するニーナだったが、その火の槍は魔王に当たることなく空中で飛散していく。そしてニーナの体も見えない力で天井に力強く叩きつけられ、力なく地面に落ちていく。先程まではち切れんばかりに鼓動していた心臓は機能を停止し、その小さな体は動かなくなる。後方では必死にザックを回復させていたヨミの声が悲痛な叫びへと変わっていく。
「……は?」
アインはそう口にするのがやっとだった。次の瞬間にはアインの四肢はそれぞれ別の方向にねじ曲がり、立つことも剣を握ることも魔王の姿を睨みつけることもできなくなった。
「おのれ魔王!」
動かなくなったザックから剣を取り、ヨミは魔王に飛び掛っていく。魔王は決死の覚悟で突っ込んでくるヨミを、まるで抱きついてくる子供を待ち受けるかのように悠々と受け止める。振り下ろされた剣は魔王の服すら傷つけることができない。
「よくも!よくも!」
それでもヨミは涙交じりに剣を振り続ける。
「威勢がいいな女。少し興味が沸いたぞ」
そう言うと魔王はヨミから剣を奪い取り、その体を軽く突き飛ばす。ヨミはほぼ意識を失っているアインの隣に投げ出される。
「ヨ…ミ」
アインはヨミに手を伸ばそうとするが、体はピクリとも動かない。ヨミの瞳からは涙が溢れる。彼女の前後にはかつて仲間だった二人の亡骸が無残に散っている。もうすぐ目の前のアインも死ぬだろう。もう何もかも取り返しがつかない。たとえ奇跡が起きて魔王を討ち取ることができたとしてもその事実は変わらない。
そんなヨミの心情を察してか、魔王が悪魔の囁きをする。
「助けてやろう」
ヨミの涙が止まる。
「お前もまだ死にたくは無いだろう。私の言うとおりにすれば命だけは助けてやる」
邪悪な笑みを浮かべる魔王に対して、ヨミははっきりとした口調で言い放つ。
「たとえ私が死のうとも、いつか必ず貴様を討つ者が現れる。私たち人類は貴様のような悪に決して屈したりしない!」
無謀だと理解しながらも、ヨミは再び立ち上がる。アインの剣を手にし、魔王に斬りかかる。
「そう、その気高さだ。人類とは矮小で惨めな存在だと思っていたが、どうやら私の認識を改めなければならないらしい」
斬りかかるヨミの頭を小突く魔王。するとヨミの意識は一瞬で途切れ、眠るようにして地面に倒れる。魔王が合図をすると数匹の魔族が倒れるヨミを連れ去っていく。
怒号と悲鳴が飛び交った部屋はあっという間に静寂を取り戻す。
「食っていいぞ」
魔王の言葉に歓喜する魔族たちはザックとニーナの亡骸にかじりついていく。その様子をつまらなそうに眺める魔王の耳に突如悲鳴が飛び込んでくる。その方向に目をやると、アインを噛みつこうとした魔族が逆にアインに噛みつかれジタバタと暴れていた。
「ふ、ぅ……ヨミ」
「ほう、まだ息があるか」
アインに群がる魔族を退けながら、魔王は意識が飛びかけているアインの髪を掴み上げる。
「ついでだ。貴様も生かしておいてやる。もっともあの女とは違う使い道でだがな。ククク……ハハハ!」
意識が朦朧とするアインに何かの呪文をかける魔王。アインの耳にはその邪悪な笑い声が永遠にこびりついていた。
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