第8話 反撃
村へ続く森の細道をヨナは静かに歩いている。
針葉樹の森は、天空のオーロラに照らされて青銀に染められている。
オーロラを初めて生で見た洋介は、その神秘的な光景に圧倒されていた。
(美しいな。オーロラが見えるってことは、緯度が高いのかもな)
洋介が感慨に耽っているうちに、ヨナは村の入り口へ辿り着く。
ざっと村を見渡すと、明かりのついた家が六軒ある。昼間、兵士たちが集っていた焚き火に、もう火は残っていなかった。
慎重に聞き耳を立て、村の様子を伺うが、動くような気配は無い。
(歩哨もいないし、この時間だ。起きてる奴はいないと思うが、一応確認しておこう。幾つか仕掛けもしておきたいしな。行けるか?)
「……了解」
ヨナは行動を開始した。
その夜……。
兵士たちが引き上げたあとも、隊長格の男だけは焚き火の前に残っていた。
兵士たちが引き上げて、もう二、三時間は過ぎただろう。深夜に近い夜の森を、もう一度ゆっくり見回していく。
(何も……異常は無いか。さっきの嫌な感じは、気のせいだったか)
男は自分の感覚を信じていた。これまで何度もそのおかげで命拾いして来た経験があるからだ。
具体的な脅威は無く、ただ男の勘だけを根拠に、歩哨を強制する訳にはいかないので、一人で夜番を続けていたのだ。
しかし、深夜も過ぎ、明日からも三日ほどの徒歩の旅をしなければいけないので、徹夜する訳にもいかない。
男は自分の中で区切りをつけると、焚き火に砂を被せ、自分の寝る家へと引き上げて行った。
現在、ヨナは寝入った男の姿を見ている。
そこにいたのは隊長格の男……ヨナたちを銃撃した男だ。
彼が少し前まで焚き火の前にいた事をヨナは知らなかった。
村の家々の扉は、ほとんどが破壊されており、簡単に家の中を伺うことができた。
ヨナは静かにその場を離れ、村の入り口まで引き上げて来る。
(やはりあの男が一番厄介だな)
「どうして?」
(あの男は村の一番奥に寝ていただろ。襲撃を受けても、一番余裕がある位置だ。
しかもあの家の中を思い出してみろ。入り口の敷物がでこぼこしてるのが分かるだろ。
おそらく踏めば音が出るような仕掛けもしてあるはずだ。他の家には無かっただろ)
「確かに」
(とにかく、奴が出て来たらどんな状況でも一旦引くからな。行けるか?)
「了解、行こう」
ヨナは斧を両手で持って、姿勢を低くして行動を開始した。
兵士は疲れていた。
無茶な敗走で、都市までまだ数日あるのに、食糧は尽きかけている。
村を襲撃したまでは良かったが、その後が大変だった。
――穴掘りだ
汚染の事実隠蔽のためとはいえ、かなりの重労働だった。
歩哨に立たずに良くなったのは、不幸中の幸いだ。
ずっと露天での野営続きで、ベッドで寝るのは久しぶりだ。
彼は久々のベッドの感触に、安心しきって寝入っていた。
ヨナがその男に跨り、口元を塞ぎながら杭で眼球を貫く……その瞬間まで。
彼は静かにこの世を去った。
ヨナの初陣。
今のところは順調で、誰にも知られずに敵勢力を一人削ることができた。
その結果をより強固にするため、洋介は指示を与える。
(すぐに周囲の索敵だ)
ヨナは部屋の入り口に立ち、さっと視線を走らせる。
それだけで村の詳細な状況が頭の中に再現されて行く。
(やはり凄いな。他人の何倍もの情報が一瞬で得られるなんてな。
よし、周囲は問題無いから次はセルフチェックだ。戦闘中はアドレナリンが出て、痛みに鈍感になるからな。
知らないうちに怪我をしてる事もある。戦闘終了後は安全確保とセルフチェックを必ず行え。
しっかり意識して、体の違和感を感じてみろ)
「肩と、背中の筋肉が少し張ってる感じがある」
(それでいい。小さな違和感も感じるようにしろ。よし、お前の体で対人格闘戦は無理だ。敵と相対したら必ず逃げろ。
敵をやる時は必ず後ろから。
それだけ覚えておけ)
ヨナは小さく頷いた。
洋介の言葉と記憶から、自分の経験に置き換える。そんな作業を誰に教わるでも無くこなしていた。
(あとは……やはりバイオスーツの強度を確かめたいが、”試せるか?”)
「試せるか」と柔らかく言ってはいるが、要は死体に杭を突き立てろと言う事だ。
洋介の精一杯の気遣いでの問いかけに、
「大丈夫」
と短く答えて死体の杭に手を伸ばす。
(待て待て待て!
そうじゃなくて新しい杭を使え。
一度使った杭は先が潰れて役に立たないし、今杭を抜いたら返り血を浴びることになる。返り血を浴びるとデメリットが三つある。
一つは匂い。血の匂いに鼻がイカれて気配察知の精度が落ちる。
それに相手に察知され易くもなる。
二つ目は怪我だ。返り血の汚れで自分の出血に気づくのが遅れることがある。
これは場合によっては一番深刻な結果にもなる。
三つ目は返り血が手につくと、握りが甘くなる。つまり攻撃力や防御力の低下だな。
返り血を浴びて良いことなど一つもない。
戦闘では可能な限り返り血を回避する。
これは鉄則だ。判るよな?)
ヨナは小さく頷き、腰のベルトから新しい杭を取り出すと、そのまま死体の胸に突き立てた。
やはりヨナの力だけでは弱く、体重をかけてようやく貫通することができた。
しかし、杭でもバイオスーツを貫通できる事は確認が取れた――
ヨナは次のターゲットの家の前で問題を抱えていた。
兵士は横向きに寝ていた。
たったそれだけのことで、杭で攻撃することができなくなってしまったのだ。
(仕方ない。斧を使うぞ)
欲しい結果は”致命傷”……。
斧の方が破壊力はあるが、眼球からの脳への直接刺突は、ほぼ確実に即死を狙える攻撃だ。
ヨナの力でも実行可能な手段だろう。
一方、斧で狙うとするなら、頭蓋か頸椎。
確実なのは……。
ヨナは兵士の横に立ち、斧をゆっくり振りかぶると男の首に振り下ろす。
男の首がひしゃげるのとともに、ベッドの砕ける派手な音が、周囲に響く。
(しまった、こうなるか!
ヨナ、斧はそのままでいい。今すぐ撤収だっ!)
ヨナに投げられた洋介の指示には、隠しきれない焦りと緊張が含まれていた。
隊長格の男は夢の中で物音を聞いた気がした。
目を覚まして耳を澄ませる……が、何も聞こえない。
しかし……
(あの時と同じだ。この、絡みつくような感じは……)
男は念のためにと、入り口から村を見渡すと、明かりのついた家から、小さな影が飛び出して来た。
一瞬だけ交錯する視線……。
――アイツはっ!
男は何が起きているのかを一瞬で理解した。
そして、男と目が合った少年は、すぐに踵を返し森の中へと消えて行った。
「敵襲だ!全員集合しろ!」
男はありったけの声を張り上げながら、静かに思考を巡らせる。
(アイツ、生きてやがったのか。と言うことは……。)
男の中で何かがカチリと切り替わった。
(味方に損害を与える者、それはもはや『敵』だよな……)
小屋の中が慌ただしくなり、兵士たちが集まってくる。
最後に遅れて来たのは、もちろん奴だ。
プロテクターを外していたのか、手に持ってノタノタ走って来る。
隊長格の男は能面のような顔で遅れて来た男の前に立ち、何か言おうと口を開きかけた男の胸に、ナイフを深く突き立てた。
彼には何が起きたのかもわからないまま、その場に崩れ落ちて行く。
「何……を?」
集まった兵士の口から驚きの声が漏れる。
「襲って来たのは教会のガキだ。10歳くらいのな。」
「……まさか」
他の兵士も男のやらかしに思い至ったのだろう、驚愕の色合いが変化した。
「ああ、どうせトドメを刺すのも惜しんで腰振ってたんだろ、馬鹿が。」
足先で物言わぬ死体を蹴飛ばし、話をつづける。
「既に2人やられてる、コイツをやるのにもっと理由が必要か?」
「いや、理解した。で、この後は?」
「奴が後始末をサボったなら、教会にはシスターと子供が三人だ。
一人は幼児だから敵は最大三名。お前たちは必ずツーマンセルで行動しろ」
隊長格の男は素早く状況を説明し、指示を出す。
「よし、俺は右回り、お前たちは左回りで空き家を確認しろ。確認した家はドアを開けたまま必ず火を放て。復唱しろ」
「左回りで家を確認。ドアを開けて火を放つ。了解した」
男たちはすぐに行動を開始する。
(ここから先、緩い予測は無しだ。2人殺せる敵を想定して動く)
隊長格の男は銃を構え直し、静かに狩りを始めるのだった。
次の更新予定
2026年1月14日 21:00
ザ・ボーダー 〜生きる者たちの境界線〜 @rightstuff314
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