第7話 銃声が響くとき――

ヨナたちが教会の地下貯蔵庫で息をひそめていると、村の方から聞こえていた爆音が止んだ。

貯蔵庫の中は互いの呼吸が聞こえるほど静かになり、その緊張に耐えられなくなったアーリャの口から、自身の願望に偏った問いがこぼれる。


「……終わったの?」


「まだよ。油断しないで」


シスターの低い声が、アーリャの中の希望を打ち消すように釘を刺す。

アーリャの言葉で緩みかけていた貯蔵庫の中の空気は、シスターが放った言葉によって緊張を取り戻した。


張り詰めた静寂の中、遠くから男の声らしきものが聞こえてくる。

だんだんと近づいてくるその声に聞き覚えは無く、それは貯蔵庫の中の空気をさらに一段重くした。


男たちの会話には、下卑た笑い声が混ざっている。

それが村の人間でないことは、すぐに分かった。


迫り来る男たちに、ユーリはシスターの腕にしがみつき、シスターは見えない敵を睨むように目を向けている。

アーリャは強張った顔でゴクリと息を飲み、ヨナは皆の様子に、狭さとは別の息苦しさを感じていた。


やがて声の主が教会の前に辿り着くと、程なくして大きな破砕音がヨナ達の頭上に響いた。


「動くなっ!」


見えない敵の恫喝に、身を寄せ合った誰かの肩がビクンとはねた。


――あっ!


その瞬間、ヨナは自分が犯したミスに気がついた。


(しまった! 隠れるならば、水車小屋)


敵が村を襲った連中だとするなら、建物をそのまま見逃すはずがない。

必ず一度は中を覗くはず……。


そんな当たり前の事に今さら気づき、思わず声が漏れそうになる。


今なら判る。何故水車小屋が気になったのか。


ヨナは自分の犯したミスに混乱気味になり、いつもならヨナの前に立ち、導いてくれているはずのアーリャが、今はヨナにしがみつき、呼吸もできないほど追い詰められている事に、気付けもしなかった。


そして突然ヨナ達の頭上から、ドカンッ!と鼓膜を震わせるような轟音が響く。


「きゃあっ!」


それは、極限状態だったアーリャの悲鳴。


アーリャは自分のあげた悲鳴が、次にどんな事態を招くのか、という事に気づいてしまった。


取り返しのつかない事態を招いたのだと自覚したアーリャの顔から、みるみるうちに色が消え去り、歯が噛み合わないほど震えだす。


そんなアーリャの様子を見かねたシスターは、アーリャの手を包み込むように握り、


「大丈夫よ、あなたのせいじゃないわ」


と、優しく声をかける。

すると、アーリャの瞳から大粒の涙が溢れ出した。


ヨナも「アーリャのせいじゃない」と伝えてあげたくて口を開けたが、言葉にする前に頭上から男の声が降ってくる。


「撃たないから全員、手を上げてゆっくり出てこい」


「出ます! 出ますから、撃たないでください!」


男の恫喝にシスターは一瞬、悲痛な覚悟の色を浮かべ、貯蔵庫の扉の前に立つ。


「大丈夫よ。あなた達は私が必ず守るからね」


シスターは、まるで自分に言い聞かせるように小さく呟くと、貯蔵庫の扉を開け、子供達を庇うように前に立つ。


男は銃を構えた中腰のまま、銃の先でシスターに横にズレるように促し、問いかける。


「これで全員か? 他にいないな?」


「……はい。四人だけです」


ユーリはシスターの手を強く握り、アーリャは涙を流しながらしゃくりあげている。

ヨナは目の前の事態に何もできない無力さを痛感していた。


アーリャは男の放つ静かな威圧にさらに追い込まれ、呼吸さえままならなくなっていた。顔面が蒼白になったアーリャにようやく気づいたヨナが、咄嗟に手を伸ばそうとした一瞬、銃を構えた男と視線が重なる。


男の目には――

 

何の感情も見て取ることはできなかった。

冷酷ですらなく……。

男はそのまま引き金を引いた。


パァン……。


胸に衝撃が走るのと同時に、ヨナの体が宙を舞う。

硬い床に頭から叩きつけられたヨナの意識は朦朧としていたが、続く銃声に崩れ落ちるアーリャとユーリの姿が、視界の端に見えた気がした。


「嫌あぁーっ!」


そして、教会を埋め尽くすような絶叫が響いた――


(……ナ……ヨナ……ヨナ!)


ヨナの目に焦点が戻り、世界が色をとりもどす。


(危ない、血が出てるぞ……)


手元を見ると、確かに血が出てる。

杭を削るナイフで、指を切ってしまっていた。

いつの間にか思考に沈んでいたようだ。


「大丈夫……これくらいなら。痛くないから、大丈夫」


ヨナは自分に言い聞かせるように、大丈夫と繰り返す。


記憶を共有している洋介には分かっていた。ヨナが昼間の襲撃を思考の中で追体験していた事を。

もう少し先に進むと、あの”トラウマ”の場面に至ってしまう事も。


実はヨナの手元は数分前から止まっていた。

それほど深く思考に囚われていたのだ。

無理もない。洋介にも身に覚えのある痛みだ。それと同じものをこんな少年が抱えてしまったのだから。


(……ならいい。気をつけろ、大事な時なんだからな)


「うん……大丈夫だから」


慰めも励ましも、効果が無いと知っている洋介は、ただ見て見ぬふりをしてやる事しかできない。だから、


(よし、準備は整ったな。そろそろ行くか)


気持ちを切り替えてやる。


戦闘準備は整った。

ヨナは洋介の指示に従って武器を装備し、バックパックを背負って教会を後にした。

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