第6話 日常を破壊する者たち

村を囲む針葉樹林の中を、隊長格と思しき兵士と、若い兵士が歩いている。

先を行く隊長格の男は銃をしっかり構え、油断なく周囲を索敵している。


その少し後ろを歩く若い兵士は銃口を下げたままで、同じように左右を見てはいるが、緊張感はなく、どこか散歩でもしているようだった。


森の中には、自然に踏み固められた細い道が出来ていた。


男たちがその道に沿って索敵していると、前方に視界の開けた場所を発見した。


「……あれは?」


隊長格の男が顎で示す。

彼が示した道の先には、木造の建物がチラリと見えた。


「教会じゃないっすかね」


「やっぱり索敵に出て正解だったな」


索敵の成果を喜ぶ隊長格の男に、若い兵士が言葉を返す。


「若いシスターとか、いないっすかね」


隊長格の男は何も答えなかった。

今、口を開くとこの馬鹿への説教に時間を取られ、斥候が後回しになりそうだったからだ。


そして隊長格の男の口から、小さなため息が漏れる。


――今回の遠征は、最悪だった。


人口八万程度の小国。

常備兵も二百前後と聞いていた。

ドローン武装歩兵を四個小隊ほど投入すれば、掠奪は容易だと、そう踏んでいた。


だが、実際は違った。


踏み込めば罠があり、陣を張ろうとすれば妨害にあう。

森からは矢が雨のように降り注ぎ、想定外の騎馬兵まで出てくる始末だ。


ドローンを展開する暇すらなかった。


挙句、小隊長は真っ先に逃げ出した。

結果として、それが生き延びる理由にはなったのだが……。


食糧も尽きかけていた。

そんな中で見つけたこの村。


村人の制圧は、手持ちのドローンでどうにかなった。

死体処理を任せ、その間に周囲の索敵を――


長引きそうな思考を無理矢理打ち切って、彼は行動を開始する。




「……おい、こっちだ」


隊長格の男が、囁き声と手招きで若い兵士を呼び寄せる。

二人で慎重に教会の周囲を索敵する。


(薪割り台が二つと、バイオスーツの補修培養器が大人サイズで一つ、子供サイズが三つある。最低でも、四人……いる)


教会を一回りして扉の前に戻ると、隊長格の男が若い兵士に囁き声で状況を説明した。


「中にいるのはおそらく、大人一人と子供三人だ」


すると若い兵士が歓喜の声をあげた。


「マジすか!シスター若いっすかね?」


男には今、何が起きたのか理解できなかった。


(突入前の索敵を終え、これからまさに突入しようとするその場で、大声を出すのか?)


状況を把握した瞬間、若い兵士に対して殺意が湧き上がるが、なんとか理性で抑え込んだ。


(今、この馬鹿のために無駄弾は使えない……)


若い兵士は、弾の節約のためだけに、かろうじて命が繋がった事など、知る由もなかった。


「はあ、もういい。馬鹿言ってないでさっさと弾を出せ。残弾は?」


「やっすよ。俺が丸腰になるじゃないっすか」


「……はぁ。じゃあお前が突入して、一人一発ずつ確実に仕留めるんだな?」


「……わかったっすよ。はい」


若い兵士が渋々、弾倉を差し出す。


弾倉を受け取った隊長格の男の頭の中が、一瞬で戦闘モードに切り替わる。


(さっきの声で、俺たちの存在は中の奴らにも知れた。

待ち伏せするなら、ドアの横で近接武器、

離れた物陰で遠距離武器か。

中に大人が一人。

男か女かはわからないが、近接よりは遠距離攻撃……だろうな。

ドアを蹴破り、ドアの陰にいる奴に当てて、

遠距離にいる奴に対しては、身を屈めて侵入し動いたものに一発銃撃。あとは流れ次第か。

残弾は俺の四発と合わせて、合計七発。

相手は最低でも四人いるが、情報を聞き出すためには全員殺すわけにはいかないな)


彼は、その経験からくる素早い判断で作戦を組み立て、行動を開始する。


(初撃は三発。

ヘッドショットは外すリスクが高いから、体の中心を狙う。

残りがいれば、ナイフで対応するしかない)


「よし。お前はナイフを用意してドアを蹴破り後方警戒にあたれ、俺が突入する」


「わ、分かったっす」


男の明らかに変わった雰囲気に、若い兵士も気圧されながら返事を返した。


「よし、タイミングを合わせるぞ。

……三、二、一」


「ゼロ!」


若い兵士は体重を乗せて、木製の扉を蹴り飛ばした。

男は、まだ扉の破片が舞う最中に、低い姿勢のまま銃を構えて滑り込む。


「動くなっ!」


大きな声で恫喝し、視線と銃口を合わせたまま、教会の中をぐるりと見回した。


――いない?


いや、正確には、“見える位置に”誰もいない……だな。

森へ逃げたか、あるいは――。


隠れられそうな場所はないかと探していると、


「あれ〜? 誰もいないっすね」


後ろから間抜けな声がする。

再び湧き上がる殺意を無理矢理理性で捩じ伏せながら男は、


「今、森から誰か出てきたら、お前は刺されて死んでるな」


と、馬鹿を脅した。


「ひぃっ!」


若い兵士が慌てて後方警戒に戻って行く。


その間に再度、室内を観察すると――


――あれか。


正面の壁に申し訳程度の祭壇があり、その右手の床には、地下貯蔵庫らしきものの扉。


男は手近にあった丸椅子を掴み、無造作に投げ落とす。


「ドカンッ!」


「きゃあっ!」


ーー当たりだ。


男はゆっくり立ち上がると、しっかりと銃で狙いを定めてから大声で恫喝する。


「撃たないから全員、手を上げてゆっくり出てこい」


はっきりと聞こえるように声を張る。


「十秒以内だ。出てこなければ無差別に撃つ。火も放つぞ。十、九、八……」


「出ます! 出ますから、撃たないでください!」


地下からこもった女の声がする。


(チッ、女だったか。また馬鹿が騒ぎそうだな。)


やがて扉が開き、女と子供たちが上がって来た。


シスターが一人腕に幼児を抱き、後ろには十歳前後の男女が身を寄せ合っている。


「横に並んで手を上げろ。これで全員か? 他にはいないな?」


「……はい。四人だけです」


そうか、なら先ずは三人――

続きは口にせず、そのまましっかり狙いを定めて引き金を引いた。


パァン。

パァン。

パァン……。


「嫌ぁぁぁぁぁっ!!」


三発の銃声と、シスターの絶叫が教会の中を埋め尽くす。


シスターにはすまないが、初めから決まっていた事だ。

お前も直ぐに同じところに送ってやるよ、と三文芝居のようなセリフも浮かんだが、やはり口には出さなかった。そこに、


「おい! どうしたっ!」


女の悲鳴に反応したのだろう、厄介な馬鹿が駆け込んでくる。


「情報確認用に一人残して処理した」


「ちょっ……おま……って、シスター若いじゃん!」


淡々と状況を説明してやるが、途中からは聞いちゃいない。今にもよだれを垂らしそうなニヤケ顔で、シスターに近づくそぶりを見せたので、一度制止をかける。


「まだだ。情報を聞く」


錯乱して子供たちにすがりつくシスターを引き剥がし、椅子に座らせ尋問する。


「森に、誰かいるか?」


「ヒク……ヒク……」


「もう一度聞く。森に誰かいるか?」


「……いない……はず……」


「根拠は?」


「……午前は……薪割りと干物……採取や罠は……昼から……」


「そうか」


馬鹿に振り返る。


「もういい」


俯いたまま肩を震わせるシスターを馬鹿に任せ、地下貯蔵庫を物色する。


芋の干物。

魚の干物。

油壺。

塩壺。


それらをバックパックに押し込み、子供たちを貯蔵庫へ蹴り落とす。


「ぐぅ……」


小さな呻き声。


まだ、生きているか。


だが問題はない。


「俺は外を斥候する。さっさと済ませて後片付けをしろ。お前に任せるからな」


返事は聞こえない。


「復唱しろ!」


「はい、はい。さっさと済ませて片付けますよっと。なぁシスター」


隊長格の男は、若い兵士に銃を預けて教会を後にした。


シスターの悲鳴だけが、教会に響き続ける。


しばらくして、全ての終わりを告げる音が森の中にこだました。

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