第4話 教会 ― 静かな準備

夜のタイガ針葉樹林の中。

教会のナリチニキ(ロシア特有の雨戸)は固く閉ざされ、光も音も漏れては来ない。


その静まり返った教会の中では、ヨナが黙々と作業を続けていた。

ヨナは古い木の椅子に腰掛け、短く切り出した杭を削っている。

刃物が木に触れるたび、乾いた音が小さく響き、削り屑が床に落ちる。


その動作に迷いはなく、一定のリズムを刻んでいる。

俯き加減で一心に杭を削るヨナの姿は、己の精神をも削っているようで、洋介にはとても痛々しく感じられた。


(俺も……あんな感じだったのかもな)


かつて自分も同じような気持ちで過ごした日々があった。

その頃の気持ちを少しだけ重ねて、ヨナに声をかける。


(今、何本目だ?)


「10本……」


小さく応えるヨナの向こうには……


教会の奥。

床の上には三つの遺体が並べられている。

三人の遺体は、ヨナと一緒に教会で暮らしていた者たちだ。


ヨナの一つ歳上のアーリャ。

その横には幼いユーリがいて、ユーリを挟んだ向こう側にシスターオリガの遺体が並んでいる。

その並び方は、まるで幼いユーリに、


――これなら寂しくないだろ。


と語りかけているような、そんな気遣いが感じられた。


そんな三人の遺体を視界の端に置いたまま、ヨナは無言で杭を削り続ける。


そんなヨナの頭の中で、洋介は迷っていた。


(俺は……

俺はまだ年端も行かない少年に、人殺しの方法を教えているのか。

確かにヨナは、ヨナたちは理不尽に蹂躙された。だからといって……)


洋介は自分に問いかける。


人を殺すための技術はある。

有利に立ち回るための知識もある。

あとは、生きた人を目の前にして命を奪う。


――覚悟の問題だ。


ふと、ヨナの手が止まった。

削り終えた杭を、静かにテーブルの上へ置くと、小さな声で……しかしハッキリと告げる。


「大丈夫。覚悟は僕の担当だから」


ヨナの静かな宣言は、ずっと洋介の中にあった迷いを消し去った。


(そうだな。子供のお前がそこまで決めたんだ。俺が迷ってる訳にはいかないな)


テーブルには準備された道具が並んでいた。

塩と小麦粉、木屑の粉を混ぜた目潰し用の袋が二袋。

二十センチほどに削られた杭が十本。

薪割り用の斧が二本。


(目潰しと斧……それと、この杭か。問題は杭だな…果たして、あのコンバットスーツを貫けるのか? SWAT並みの防塵性能があるなら、ヨナの体格じゃ厳しいかもしれん)


「……多分、大丈夫」


不意に、ヨナが口を開いた。


(ん?)


「プロテクターが、ついてたから」


(プロテクターがついてると、どうなんだ?)


「銃で撃たれたらヤバいから、つけてるんだと思う。このバイオスーツも……面で受ける衝撃には強いけど…」


(点の衝撃には……弱いのか)


ヨナは淡々と続けた。


「軍用でも、プロテクターが必要になるくらいの強度しかないと思う」


一瞬、洋介はじっと考えた。


(……なるほど、点……か)


ヨナが小さく頷いた。


(よし、基本は杭で顔面を攻撃する。特に目を狙え、この杭の長さなら即死を狙える。

それが無理なら足か胴体、的がでかいところを標的にしろ)


「分かった」


つづけて洋介は基本戦略を説明した。

歩哨がいたなら、一番遠い建物に火をつけて誘導し、歩哨が離れたところから順に襲撃すること。

歩哨がいなければ、隊長格から一番遠いところの寝込みを襲撃すること。


(寝込みを狙う。それも深夜を過ぎた頃が一番眠りが深い。……それまで、お前も寝ておけよ)


洋介の言葉に、ヨナは返事をしなかった。

再び杭を手に取り、黙々と削り始める。


削り屑が、まるで雪のように教会の床に降り積もる。


洋介にはそれが、ヨナの心から削ぎ落とされた「何か」が、積み重なって行くようで……。


静かな森の教会の中で、木を削る音だけが、ずっと続いていた。

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