第6話 何もしない者から困っていく世界

告知は、前触れもなく行われた。


世界中の空に、同時に文字が浮かぶ。

昼でも夜でも関係なく、言語の壁すら超えて、

全人類が“同じ内容”を理解できる形で。


――《イベント開始まで:24時間》

――《イベント名:未定》

――《参加自由》


「……いや、名前未定って何だ」


各国政府は即座に緊急会合を開いた。

イベント名すら決まっていない。

ルール説明もない。

それでも“開始”だけは確定している。


最悪のパターンだった。


一方その頃、女子高生はコンビニのアイス棚の前で悩んでいた。


「んー……どれにしよ」


世界の命運と、チョコミント。

彼女の中では、ほぼ同列だ。


「まあ、イベント名は後でいいか。

 どうせ内容で覚えられるし」


彼女が決めていたのは、たった一つのコンセプト。


何もしない人ほど、後回しにされる世界。


それは罰ではない。

制裁でもない。

ただの“仕様変更”だった。


開始と同時に、世界は静かに変わった。


銀行の処理が、少し遅くなる。

公共サービスの対応が、後回しになる。

通勤電車の遅延が、なぜかいつも自分の路線だけ増える。


「……あれ?」


誰もが感じる、微妙な違和感。

致命的ではない。

だが、確実にストレスが溜まる。


一方で、何かを選び、何かをした人たちは――

少しだけ、物事がスムーズに進く。


役所の手続きが早い。

ネット回線が安定する。

探していた情報が、なぜかすぐ見つかる。


「これって……偶然?」

「いや、さすがにおかしいだろ」


政府は必死に分析する。

行動量?意思決定?選択回数?

どれも当てはまるようで、決定打がない。


そして少女は、屋上で空を見上げながら呟いた。


「“頑張れ”って言うの、好きじゃないんだよね」


風に髪を揺らしながら、どこか楽しそうに。


「でもさ、

 何もしないのも、選択じゃん?」


彼女は世界を変えた。

だが、正解は提示しない。


やるか。

やらないか。

決めるのは、人類自身。


政府は振り回され、

一般人は戸惑い、

世界は少しだけ“選択”を迫られる。


イベント名は、まだない。


けれど人々は、自然とこう呼び始めていた。


――**「後回し世界」**と。


そして彼女は、ベッドに寝転がりながら満足そうに笑う。


「うん。

 これ、思ったより面白い」


世界は今日も、

“面白おかしく生きる神様”に、

やさしく、そして確実に振り回されていた。






————



人類は、想像以上に順応が早かった。


「とりあえず、何かすればいいらしい」

「決断しないと損をする世界だってさ」


SNSには、体験談が溢れ始める。

“何もしなかった日”と、“何かした日”の比較。

小さな行動が、確かに結果を変えている。


朝、いつもと違う道を選んだ。

昼、迷っていた選択肢を即決した。

夜、先延ばしにしていたメールを送った。


それだけで、日常が少し楽になる。


「なんか今日、ツイてる」

「回線速くない?」

「書類、一発で通ったんだけど」


世界は、行動する者を優遇する仕様に書き換えられていた。


政府は、その流れを止められなかった。

止めるどころか、対応に追われる。


「国民向けガイドラインを作れ」

「“小さな行動を推奨”する形でいけ」

「強制感は出すな、あくまで選択だ」


皮肉なことに、

政府は“彼女のイベント”を前提とした社会設計を始めていた。


だが――

歪みは、必ず生まれる。


「動いてる“フリ”でもいいんじゃね?」


そんな声が、どこからともなく上がり始めた。


意味のないクリック。

無意味な申請。

中身のない意思表示。


行動の“量”だけを稼ぐ人々。


「別にちゃんと考える必要なくない?」

「決断したって形さえあればOKでしょ」


世界は次第に、

行動すること自体が目的になっていく。


その様子を、少女は特等席で眺めていた。


「……あー、出た出た」


呆れでも、怒りでもない。

どこか納得したような表情。


「人類、こういうとこあるよね」


全知全能の彼女にとって、

これは予想通りの“副作用”だった。


「まあでも――」


彼女は、少しだけ楽しそうに笑う。


「じゃあ、次は“中身”を見るしかないか」


その一言が意味するものを、

まだ誰も理解していない。


政府は、異変を察知していた。


「数値上は行動しているのに、

 社会の効率が上がっていない」

「むしろ、ノイズが増えている……」


それは、イベントの第二段階を告げる兆候。


世界は適応した。

だが同時に、

より深く振り回される準備も整ってしまった。


少女は、スマホを放り投げてベッドに倒れ込む。


「次、どうしよっかな〜」


その軽い独り言が、

また世界の形を変えることになる。

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