第4話 私とあなたは対等じゃない

――交渉の席に、神はお菓子を持ってきた。


放課後。


私はいつも通りの帰り道を歩いていた。

制服。鞄。イヤホン。

神らしさゼロ。


ただ一つ違うのは、

世界のあらゆる情報が、雑音みたいに流れ込んでくることくらいだ。


「……緊張しすぎじゃない?」


校門の外。

黒塗りの車が一台、停まっている。


中にいるのは、今朝の電車の男と、

その“正体”を薄々察している数名。


全員、胃が死んでいる顔をしていた。


私はドアを開けて、遠慮なく乗り込む。


「こんにちは。あ、これ」


コンビニ袋を差し出す。

中身は、チョコとポテチ。


「……?」


誰も受け取らない。


「食べないの? 交渉って糖分使うでしょ」


沈黙。


交渉官の男が、覚悟を決めたように口を開く。


「あなたが……

 この世界に起きている現象の、原因ですか」


私は頷いた。


「うん」


即答。


誰かが息を呑む音がした。


「目的は……何ですか」


私は少し考える。

正確には、考えているフリをする。


「暇つぶし」


空気が、凍る。


正直な世界だから、誰も「冗談だ」と思えない。

本音だと、全員が理解してしまった。


「……世界を壊す気は?」


「今のところ、ないよ」


「今のところ……」


「面白くなくなったら、分かんない」


誰も反論できない。

できるはずがない。


交渉官は、震える手で資料を取り出した。


「……我々から、お願いがあります」


「なに?」


「これ以上、

 世界規模の不可逆な変化は……」


言葉が止まる。

“やめてほしい”という本音が、喉で詰まった。


私はその様子を見て、ちょっとだけ首を傾げた。


「お願い、する側だよね?」


その一言で、全員が理解する。

立場が、完全に逆だと。


「じゃあ、条件出していい?」


私はポテチを開ける。

パリッという音が、やけに大きく響いた。


「まずひとつ」


世界を見下ろす。

各国の動き。

軍の待機。

ネットの憶測。


「私を“神”として扱わないこと」


困惑。


「崇拝もしない。

 敵視もしない。

 管理しようともしない」


「……それは……」


「できない?」


一瞬、言葉に詰まる。

できない、と本音が出そうになる。


私は肩をすくめた。


「じゃあ交渉終わり」


「いえ!」


即答だった。


「……努力します」


本音だ。

無理でも、やるしかない。


「次」


私は指を二本立てる。


「私の身元、探らない。

 監視しない。

 尾行しない」


沈黙。


でも誰も否定しない。


「最後」


私は少しだけ、真面目な顔になった。


「面白いことを、持ってきて」


「……?」


「イベント案でもいいし、

 観測してほしい人間の話でもいい」


「つまらなかったら?」


私は笑った。


「そのときは、私が考える」


それが何を意味するか、

全員が理解した。


車は、学校の前で止まる。


私はドアを開け、振り返る。


「じゃ、またね」


「次は……いつ?」


交渉官が、絞り出すように聞いた。


私は少し考えてから答えた。


「世界が、退屈になったら」


夕焼けの中、私は歩き出す。


世界は救われたわけじゃない。

破滅を回避したわけでもない。


ただ――


神の機嫌を、ほんの少しだけ保った。








————


交渉から数日後。




「……え、これ私向け?」


部屋の机に、いつの間にか置かれていた封筒を眺めていた。

差出人なし。

でも中身は完璧。


世界各国合同の、

“イベント案まとめ”。


監視はしない約束だった。

でも「届ける」ことは、禁止していないらしい。


「ずるくない?」


誰にともなく呟く。


世界各国合同。

超真面目。

超本気。


いわゆる――

「神様向けイベント企画書」。


「……うわ、文字多」


ページをめくる前から、

もう嫌な予感しかしない。


一応、目は通した。

義務感みたいなもので。


・人類の融和を目的とした社会実験

・分断国家における段階的和解プロセス

・倫理的に許容される範囲での極限選択

・文明の持続可能性を検証する長期イベント


「はい、解散」


私は企画書を閉じた。


「重い。真面目。疲れる」


世界の命運とか、

人類の未来とか、

そういうの――


イベントに向いてない。


政府側の本音も、全部見えている。


・これ以上変なことをされたくない

・なるべく穏便に済ませたい

・あわよくば管理したい


その全部が透けて見えて、

逆に冷めた。


「面白くしようとしてないよね、これ」


安全に。

無難に。

炎上しないように。


それってもう、

娯楽じゃない。


私は企画書をゴミ箱に放り投げて、

ベッドに倒れ込んだ。


「……じゃあ、自分でやるか」


誰かに任せるから、つまらなくなる。

だったら――

最初から自分で決めればいい。


私は天井を見ながら、

ふと思いつく。


「人類、

 いきなり役割シャッフルされたら

 どんな顔するんだろ」


次の瞬間。


世界の空に、

おなじみの文字が浮かんだ。



【イベント開催】


【名称】

「本日限定・立場逆転デー」


【内容】

本日24時間

あなたは“昨日とは違う立場”になります


・権力者 ⇄ 一般人

・指示する側 ⇄ 従う側

・見る側 ⇄ 見られる側


※能力・記憶・人格はそのまま

※拒否不可

※理由説明なし



世界が、爆発した。


「は!?」

「聞いてない!」

「どういう意味だ!」


大統領が、ただの一般市民として目覚める。

一般市民が、国家判断を迫られる。

命令していた者が、命令される。


混乱。

悲鳴。

怒号。


私はその全部を見ながら、

ベッドの上でごろごろ転がっていた。


「いやー、これこれ」


面白い。


実に、面白い。


その頃、政府側。


「……まただ」

「企画書、見られてない」

「完全に無視された……!」


会議室は阿鼻叫喚。


誰かが、正直な本音を漏らす。


「……次は、

 もっと“ウケ”を狙うしかない」


そう。


彼らは、ようやく理解し始めた。


この神は――

説得する相手じゃない。

管理する存在でもない。


楽しませる対象だ。


私はくるっと寝返りを打ち、

独り言みたいに呟く。


「さて、

 どんな顔が見れるかな」


世界は今日も、

女子高生の思いつき一つで

振り回されている。


でも私は――

ただ、面白おかしく生きているだけだ。

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