第3話 世界は思ったより早く音を立てて歪み始めた
イベント終了から、三日。
世界はまだ回っている。
太陽は昇り、電車は走り、人は学校や会社へ行く。
表面上は、何も変わっていない。
――表面上は。
「……あー、これ絶対ダメなやつだ」
私は自室のベッドに寝転がり、天井を見ながら呟いた。
スマホは通知地獄。
ニュースアプリは赤文字だらけ。
《政府高官、会見中に発言停止》
《大企業CEO、沈黙を貫く》
《離婚件数、急増》
《SNSで“黙る人”が増えている理由》
正直から逃げられない世界。
嘘はつけるが、本音を自覚した瞬間、それを口にするか、沈黙するしかない。
結果――
人は、黙り始めた。
会話が減り、
会議が止まり、
交渉が成立しなくなる。
誰かを騙すための言葉は溢れているのに、
自分を騙すことだけが、出来なくなった。
「人間、意外と自分に嘘ついてたんだね」
私は他人事みたいに言って、クッションを抱きしめる。
世界の様子は、全部見えている。
だから分かる。
誰かが勇気を出して正直になるたび、
別の誰かが耐えきれずに壊れていく。
告白は増えた。
謝罪も増えた。
でも同時に、憎悪も、諦めも、爆発的に増えた。
善くなっているのか、悪くなっているのか。
その判断すら、まだ早い。
ただ一つ確かなのは――
世界は、もう元には戻らないということ。
その頃、世界の裏側では。
各国の政府が、ほぼ同時に同じ結論へ辿り着いていた。
「……これは自然現象ではない」
「意思がある」
「しかも、単一だ」
どれだけ分析しても、
どれだけ神話やSFを引っ張り出しても、
説明できる存在は一つしかない。
全知。
全能。
そして――気まぐれ。
彼らは、ようやく理解した。
「“神”が、存在する」
しかもそれは、
交渉相手でも、敵でもない。
娯楽目的だ。
私はその様子を見て、少しだけ笑った。
「気づくの、遅くない?」
でもまあ、仕方ないか。
私は今も、普通に学校へ通っている女子高生だ。
教室では、空気が重い。
誰もが言葉を選びすぎて、
逆に何も言えなくなっている。
私はというと、ノートに落書きをしていた。
次のイベント案。
・感情が色で見える
・夢が全員共有になる
・一日だけ、全人類の立場がランダム入れ替え
「……うーん」
どれも楽しそうだけど、今は早い気がする。
世界は今、
“正直”という毒にも薬にもなるものを、必死に咀嚼している最中だ。
私はベッドに転がり、天井に指を向ける。
「もうちょっと、様子見かな」
そう言った瞬間、
世界のどこかで、誰かが耐えきれずに本音を叫び、
誰かが救われ、
誰かが絶望した。
私はそれを全部知っていて、
それでも止めない。
だって――
「これも、人類の反応だし」
神は責任を取らない。
私は神だけど、責任を持つ気はない。
次のイベントは、まだ未定。
でも確実に言えることがある。
世界はもう、
この女子高生の“暇つぶし”から逃げられない。
――人類は、神と話したがった。
世界が“正直”になってから、一週間。
表向き、社会はまだ崩壊していない。
だが、内部では静かに、確実に軋んでいた。
契約は成立しない。
同盟は形骸化する。
交渉の席では沈黙が増え、
誰もが「言えば終わる本音」を喉の奥に押し込めている。
それでも、人類は生きていた。
――だからこそ、次に来た感情はひとつ。
「原因と話したい」
各国政府は、これまでの全事象を照合した。
発生タイミング。
影響範囲。
例外のなさ。
導き出された結論は、完全に一致していた。
・単一存在
・全人類に同時干渉可能
・意思疎通が成立する
・善悪の基準は不明
・だが――遊んでいる
「……最悪だな」
どこかの会議室で、誰かが正直な感想を漏らし、
慌てて口を噤んだ。
接触方法は一つしかない。
“呼びかける”
世界中のメディアを使い、
軍事行動を控え、
敵対の意思がないことを示し、
ただ、話し合いを求める。
それは、祈りに近かった。
⸻
その頃の私は。
「……あ、これ私宛だ」
夕飯のカレーを食べながら、世界中の同時放送を見ていた。
各国首脳が並び、緊張した顔でカメラを見つめている。
代表者が、言葉を選びながら口を開く。
「この世界に影響を及ぼしている存在へ――
もし意思疎通が可能であるなら、
我々は対話を求めたい」
本音が漏れそうになって、途中で詰まる。
でも、それでも続けた。
「敵意はない。
人類の存続のため、話し合いを――」
私はスプーンを置いた。
「へえ」
正直、ちょっと感心した。
もっとパニックになるか、
核ボタンに手を伸ばすかと思ってた。
「話したい、か」
テレビの向こう側。
彼らは必死だ。
神に等しい存在と、どうにか交渉しようとしている。
条件。
ルール。
線引き。
でも――
「私、ルール守る側じゃないんだよね」
私は少し考えてから、決めた。
無視するのも、つまらない。
正式に降臨するのも、めんどくさい。
じゃあ、どうするか。
「……日常で会えばよくない?」
その瞬間、世界のどこか一箇所だけ、
ごく自然に、ほんの小さな“ズレ”が生じた。
翌朝。
私はいつも通り、制服を着て、家を出て、学校へ向かう。
電車に乗り、席に座る。
向かいの席に座っているのは、
スーツ姿の、疲れ切った顔の男。
彼は、世界でも指折りの交渉官だった。
だが彼自身は、それを知らない。
ただ「なぜか今日は、この電車に乗らなければならない」と思っただけだ。
彼と、目が合う。
その瞬間。
彼は理解した。
――ああ。
――こいつだ。
私はにこっと笑う。
「おはようございます」
普通の女子高生の声で。
「……え?」
彼は、言葉を失った。
世界を揺るがす神は、
玉座にも、空にも、神殿にもいなかった。
通学電車の中にいた。
私は立ち上がり、扉の前へ向かう。
「降りる駅なので」
ドアが開く直前、私は振り返って言った。
「話したいなら、放課後ね」
それだけ。
電車は走り去り、
男は呆然と座り続ける。
世界はまだ、その事実を知らない。
でも――
人類は、ついに神と“同じ日常”に踏み込んだ。
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