第2話 イベント開催は思い立ったその日の内に
昼休み。
私は購買のパンを机に置いて、ぼーっと空を見ていた。
平和だなあ、と思う。
世界的に見れば戦争も貧困も病気も山ほどあるけど、今この瞬間、私はコロッケパンを食べるかメロンパンにするかで悩んでいる。
……うん。
「飽きたな」
その一言で、決まった。
暇つぶしに世界を眺める。
全人類、約八十億。
喜怒哀楽、欲望、後悔、希望。
一人ひとりが必死に生きていて、でも全体で見ると――正直、ちょっと単調。
「よし」
私はパンを一口かじって、軽く頷いた。
「イベント、やろ」
その瞬間。
世界中の空が、同時に止まった。
昼の国も、夜の国も関係ない。
太陽は静止し、月は動きを忘れ、雲は絵画のように固まる。
次の瞬間、全人類の視界に同じものが表示された。
文字だった。
⸻
【全人類参加型イベント 開催のお知らせ】
【対象:人類 全員】
【拒否権:なし】
【安全性:保証されないが、即死はしない】
【イベント名】
「あなたは、世界をどうしたい?」
⸻
世界が、悲鳴を上げた。
街中で人が立ち止まり、
運転中の車が急ブレーキを踏み、
会議中の首脳たちが言葉を失い、
戦場では銃声が止まった。
宗教家は神を叫び、
科学者は幻覚を疑い、
一般人はパニックに陥る。
当然だ。
だって説明、ゼロだし。
私はというと、教室で机に突っ伏していた。
「んー……文字ちっちゃかったかな」
クラスメイトが叫んでいる。
誰かが泣いて、誰かがスマホを落とし、先生は青ざめた顔で「落ち着け!」と叫んでいる。
うるさいなあ。
全人類の思考が、私には流れ込んでくる。
恐怖。怒り。期待。
そして、ほんの少しの――ワクワク。
「まあ、説明不足は良くないか」
そう思って、イベント詳細を追加する。
⸻
【イベント概要】
・あなたの「本音」を一つだけ提出してください
・善悪、規模、実現可能性は問いません
・最も“面白い”本音を提出した人類の案を採用します
【採用された場合】
→ 世界は、その通りに変わります
【不採用の場合】
→ 何も起きません
【制限時間】
→ 24時間
⸻
世界が、さらに混乱した。
「誰がやってるんだ!」
「神か!?」
「ふざけるな!」
「……もし本当なら?」
ネットは崩壊寸前。
サーバーは悲鳴を上げ、各国政府は緊急会議を始め、軍は臨戦態勢に入る。
でも、何をしても無駄。
だってこれは――
全知全能の気まぐれイベントだから。
私はそれを眺めながら、少し考える。
人類は何を望む?
平和?
不老不死?
完全な幸福?
たぶん、そういう“綺麗な答え”は来ない。
もっと、
ずっと、
人間らしい――
「……ぐちゃぐちゃなやつ」
それが見たかった。
私は机に突っ伏したまま、目を閉じる。
世界のどこかで、
誰かが震える手で「本音」を書き始める。
世界は今、
一人の女子高生の娯楽のために、
試されている。
—————
イベント開始から、六時間。
世界は完全に二分されていた。
いや、正確には――八十億通りに分かれていた。
全人類の「本音」が、私の中に流れ込んでくる。
金が欲しい。
若さが欲しい。
あいつを不幸にしたい。
自分だけ助かりたい。
世界なんてどうでもいい。
ただ、家族と幸せに暮らしたい。
……うん。
「雑だなあ」
私は放課後の教室で、椅子に座って足をぶらぶらさせながら、それを眺めていた。
クラスメイトたちは帰宅途中なのに、どこか上の空だ。
当然だ。
全人類が、神に等しい何かに“本音を提出している”最中なのだから。
政府は必死だった。
各国首脳が声明を出し、「個人的な願望ではなく、人類全体の利益を考えた意見を」と呼びかけている。
でも無駄。
だって――
「本音って、そういうもんじゃないよね」
私は小さく笑った。
宗教勢力は「これは試練だ」と叫び、
企業は「経済の安定を」と提出し、
独裁者は「永遠の支配」を望み、
子どもは「明日もゲームしたい」と書いた。
その全部が、等価だ。
清いも汚いもない。
重いも軽いもない。
ただ、人間だ。
制限時間が、残り一時間を切る。
私は少しだけ真剣に選び始めた。
「一番面白い本音」。
世界平和?
……つまらない。
全人類不老不死?
……管理が面倒。
特定の国の消滅?
……展開が単純すぎる。
そんな中で、ひとつ――
妙に引っかかるものがあった。
提出者は、どこにでもいる一般人。
年齢も、地位も、特別じゃない。
内容は、こうだ。
「世界が、少しだけ“正直”になってほしい」
理由も続いていた。
「みんな、嘘をつくのが当たり前で、
正しいことを言うほど損をする。
正直者が馬鹿を見る世界は、正直つらい」
……。
「はは」
思わず、声が出た。
地味だ。
壮大じゃない。
革命でも破壊でもない。
でも――
「めちゃくちゃ面倒くさそうで、
めちゃくちゃ楽しそう」
私は決めた。
残り時間、ゼロ。
世界の空が、再び動き出す直前。
全人類の視界に、最後の表示が現れる。
⸻
【イベント結果】
【採用案:決定】
【内容】
「世界は、嘘をつけるが、“正直”からは逃げられなくなる」
【適用開始:即時】
⸻
何が起きるのか、誰も理解できなかった。
次の瞬間。
会議室で、政治家が口を開く。
「我々は国民のために――」
言葉が、止まった。
喉が詰まり、続きを言えない。
代わりに、無意識に本音が漏れる。
「……選挙が怖いだけだ」
世界中で、同じことが起き始める。
嘘はつける。
でも、心の奥で“本音だと理解している言葉”は、隠せない。
黙ることはできる。
誤魔化すこともできる。
けれど――
逃げ続けることは、できない。
家庭で、
職場で、
国家で、
戦場で。
世界は、一斉にぎこちなくなった。
私はそれを見下ろしながら、満足そうに頷く。
「うん、いいイベントだった」
善にも悪にも振れる。
救いにも地獄にもなる。
それをどう使うかは――
人類次第。
私は鞄を肩にかけ、夕焼けの中を歩き出す。
「次は何しよっかな」
暇つぶしイベントは終わった。
でも、神の暇つぶしは、まだ始まったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます