1000pv記念 偽りの軍師と、震える拳の正体

​ セシリア姫の足音が遠ざかり、夜の闇が再び俺を包み込んだ。

 左手に残る彼女の温もり。それが消えないうちに、俺は何度も拳を握り、開き、そして深く溜息をついた。

​「……何が『特上のステーキ』だよ。格好悪すぎて死にたくなるな」

​ 思わず地面を蹴り飛ばした。

 あんなに真っ直ぐな瞳で、国の運命を、彼女自身の人生を俺に預けようとしてくれた少女に対して、俺が返したのは「食い意地の張った、色気のない誤魔化し」だ。

 だが、そうでもしないと、あの時、俺の心臓は別の理由で止まっていたかもしれない。

​ 岩陰に背を預け、冷え切った空気を肺に溜める。

 ここらで一度、冷静に自分を整理しなければならない。この数週間の出来事は、あまりにも早すぎた。

​​ まず認めなければならないのは、俺は何の能力もない「ただのオタク」だということだ。

 岩塩を見つけたのも、大豆から油を絞る発想も、そして明日仕掛ける『竜の顎』での火計も、すべては前世で読んだ本や、ネットで拾った知識の焼き直しに過ぎない。

​ 俺自身が数億年の月日をかけて岩塩を作ったわけでもなければ、数千年の農耕の歴史を背負って大豆を品種改良してきたわけでもない。先人たちの知恵を、あたかも自分の手柄のように振る舞い、この世界の人々を驚かせているだけ。

​「……詐欺師だよな、実質」

​ 姫様は俺を「魔法よりも不思議な知恵を持つ軍師」と呼ぶ。

 ガルド将軍は「天性の戦術家」と期待を寄せる。

 だが、そのメッキの下にあるのは、現代社会で自分の居場所すら見つけられなかった、空っぽな男だ。この違和感が、ずっと俺の胸の奥で澱のように溜まっている。

 

 俺がやっているのは「再発明」ですらない。「カンニング」だ。

 その事実に対する罪悪感と、賞賛されることへの陶酔。その矛盾が、俺の判断を狂わせていないか?

​​ さっきの姫様との会話を思い返す。

 彼女は間違いなく、俺に「告白」しようとしていた。あるいは、それに準ずる何かを。

 それを俺は「死亡フラグ」というメタ的な視点で無理やりへし折った。

​ 「戦いが終わったら話を聞く」という約束が、物語において悲劇を招くパターンだということを知っていたから。

 だが、本当にそれだけか?

 

 俺は……怖かったんだ。

 彼女の想いを真正面から受け止めてしまえば、俺はこの世界の住人として、逃げ場のない「当事者」になってしまう。

 

 これまでは、どこかゲームの攻略でもしているような感覚が抜けていなかった。

 「知識を使えば勝てる」「歴史通りに動けばなんとかなる」。

 けれど、セシリアという一人の女性の真剣な想いに触れることは、俺にとって「カズヤという役割」を演じるだけでは済まされない重荷だった。

​ 俺は彼女を救いたいのか? それとも、自分の知識を証明したいだけなのか?

 その答えが出せないから、俺はステーキなんていう子供じみた言葉で逃げた。彼女の勇気を、俺の臆病さが踏みにじった。その事実が、今は何よりも苦い。

​ 明日、俺がやることは「防衛」だ。

 けれど、その実態は「大量殺戮」に他ならない。

 

 『竜の顎』という狭隘な地形に敵を誘い込み、岩塩の精製過程で生じた副産物や、即席で作った可燃物を用いて、一気に焼き払う。

 本で読んだ時は「鮮やかな逆転劇」だと思っていた。だが、今はそのの裏にある生々しい人々とのやりとりが、俺を苛んでいる。

 

 三万。

 その一人ひとりに家族がいて、帰りを待つ人がいて、今日俺が飲んだような温かい茶を欲しがる夜がある。

 俺の「知識」一つで、そのすべてを灰にする。

 

 「歴史オタク」として戦術を語る楽しさと、実際に引き金を引く恐怖。

 俺はそのバランスを完全に見失っている。

 手が震えているのは、死ぬのが怖いからだけじゃない。自分が「人ならざる怪物」のような決断を下そうとしていることに、魂が拒絶反応を示しているんだ。

​ ……ぐるぐる回る思考の中で、一つの答えに辿り着く。

 

 俺は高潔な人間じゃない。英雄でもなければ、本物の軍師でもない。

 ただの卑怯なカンニング野郎だ。

 

 けれど。

 それでも、セシリア姫が、あの真っ白な手で俺の震える手を握ってくれたことは事実だ。

 彼女が信じているのは、俺の持っている知識ではなく、その知識を使って「彼女の国を救おうとしている俺」なのだとしたら。

 

 俺が今すべきことは、自分を卑下して逃げることじゃない。

 

 偽物なら、死ぬ気で本物を演じきれ。

 三万の命を奪う罪を背負うと決めたなら、その重みで押し潰される前に、守るべき者の笑顔を盾にしろ。

 

 「あーあ、本当に……。あんな綺麗な顔で見つめられたら、嫌でも戦うしかないじゃないか」

​ 俺は立ち上がり、パンパンと服の土を払った。

 寒さは変わらない。震えも完全には止まっていない。

 

 だが、目的は明確になった。

 

 勝利して、生き残る。

 そして、色気のない約束通り、彼女と二人で山盛りのポテトとステーキを頬張る。

 その時こそ、俺は「軍師」という仮面を捨てて、一人の男として、彼女の大切な言葉に向き合おう。

 

 「見てろよ、帝国軍。現代の知識ってやつが、どれだけ理不尽で、どれだけ冷酷で……そして、どれだけ温かいものを守るためにあるか、教えてやる」

 

 俺は暗闇の中に広がる渓谷を睨みつけ、明日へのシミュレーションを再開した。

 今度はもう、迷わない。


ここまで読んでいただきありがとうございます! 「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、 ページ下部の【★★★】をタップして応援していただけると、執筆の励みになります! ブックマークもぜひお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る