第17話 決戦前夜、君に誓う ~フラグ建築士の憂鬱~

『竜の顎』渓谷に罠を張り終えた俺たちは、岩陰に隠れて帝国の本隊を待っていた。  季節は晩秋。夜風が骨身に染みる。  だが、俺の震えが止まらないのは寒さのせいだけではない。


 (来る……明日には、3万の軍勢が)


 歴史オタクとして知識はある。だが、実戦は初めてだ。  もし着火に失敗したら? もし敵が罠に気づいたら?  考えれば考えるほど、悪い想像ばかりが膨らむ。


「……カズヤ様」


 背後から、鈴を転がすような声がした。  セシリア姫だ。  彼女は厚手のショールを羽織り、温かいハーブティーの入ったカップを二つ持っていた。


「眠れないのですか?」

「ええ、まあ。……小心者なもので」


 俺は苦笑いでカップを受け取った。温かさが指先から伝わってくる。  姫は俺の隣に、ちょこんと座った。  肩が触れ合う距離。普段ならドギマギするところだが、今はその体温がただ有り難かった。


「カズヤ様。……明日、怖いですか?」

「正直に言えば、逃げ出したいですよ。今すぐ」

「ふふっ。正直な方ですね」


 姫は夜空を見上げながら、独り言のように呟いた。


「私は……怖くありません。不思議ですね。国が滅ぶかもしれないのに、カズヤ様が隣にいてくださるだけで、どんな未来も乗り越えられる気がするのです」


 姫の手が、俺の空いている左手をそっと握った。  震えていた俺の手が、彼女の温もりで包まれる。


「カズヤ様。……もし、この戦いに勝つことができたら」

「勝てたら?」


 姫が俺の方を向き、真剣な眼差しで見つめてきた。  月明かりに照らされたその顔は、息を呑むほど美しかった。


「私、カズヤ様に……聞いていただきたいことがあるのです。ずっと胸に秘めていた、大切な言葉を」


 ドクン、と心臓が跳ねた。  これは……いわゆる「死亡フラグ」ってやつじゃないか?  「戦いが終わったら結婚するんだ」と言った兵士が真っ先に死ぬやつだ。  いかん。このフラグはへし折らなければ。


 俺は努めて明るく、ニカっと笑ってみせた。


「いいですね! じゃあ俺も、勝ったら姫様に一つおねだりしますよ」

「えっ? な、何でしょう?」

「特上の厚切りステーキです。ポテト山盛りで。……それを姫様と二人で、腹がはち切れるまで食いたい」


 色気のない返答。  だが、姫はきょとんとした後、花が咲くように笑った。


「……はい! 約束です。最高のステーキをご用意しますわ」


 姫は俺の手を、さらに強く握り返した。


「絶対に、生きて帰ってきてくださいね。……私の、大切な軍師様」


 その言葉は、どんな契約書よりも重く、そして温かく俺の胸に刻まれた。  あーあ。  こんな約束しちまったら、もう逃げるわけにはいかないじゃないか。


 俺は残りのハーブティーを一気に飲み干し、覚悟を決めた。  明日は地獄を見るだろう。  だが、必ず生き残る。美味い肉と、この笑顔を守るために。


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