第18話 慢心の行軍 ~ようこそ、死の渓谷へ~
翌朝。 薄い霧が立ち込める中、ガレス帝国軍3万の行軍は続いていた。 地平線を埋め尽くす黒い甲冑の波。その威容は、見る者を畏縮させるに十分だった。
本陣の中央、豪奢な馬車の上で、総大将カイザー将軍は退屈そうに欠伸を噛み殺していた。
「……ふぁ。退屈な行軍だ。ふん、アルカディアの弱兵どもは、まだ降伏してこないのか?」
カイザーは鼻で笑った。 事前の報告によれば、アルカディア軍は内部崩壊を起こしているという。 軍師と姫が金銭トラブルで揉め、食料庫は焼け落ち、士気は最低最悪。 もはや戦うまでもない。ただ踏み潰すだけの簡単な仕事だ。
「将軍閣下。間もなく難所、『竜の顎』渓谷に差し掛かります」
側近の参謀が地図を示した。 両側を切り立った崖に挟まれた、細長い一本道。 軍事の常識で言えば、伏兵を警戒すべき地形だ。
「偵察隊からの報告は?」 「はっ。『崖の上にも、谷の出口にも、敵影なし』とのことです。おそらく、逃げるのに精一杯で、待ち伏せする余裕もないのでしょう」 「フン、臆病者め。全軍、進め! 一気に王都まで駆け抜けるぞ!」
カイザーの号令で、3万の大軍が『竜の顎』へと足を踏み入れた。 細い道に大軍が殺到したため、隊列は必然的に縦に長く伸びる。 蛇が穴に潜り込むようなものだ。
谷の中ほどまで進んだ時だった。
「……ん? なんだ、この匂いは?」
カイザーは鼻をヒクつかせた。 谷底には、異様な臭気が充満していた。 鼻を突くような油の匂い。そして、どこか古びたような酸化臭。
「誰か油壺でも割ったか? ……まあいい」
地面も妙にぬかるんでいる。昨夜の雨のせいだろうか? 馬の蹄がヌルリと滑る感触に、カイザーは不快そうに眉を寄せたが、行軍を止めることはしなかった。 彼の頭の中は、勝利の美酒と、あの噂の「ヒルデガルド」という技師をどう料理してやるかで一杯だったからだ。 彼は気づいていなかった。 自分たちが踏みしめているのが、ただの泥ではなく、可燃性の「廃棄油」であることに。 そして、崖の上から数千の瞳が、獲物を見る目で自分たちを見下ろしていることに。
「……全軍、谷に入りました」
崖の上。岩陰に隠れた相馬カズヤが、静かにその報告を聞いた。 彼は震える手で、赤い旗を握りしめていた。
罠は閉じた。 あとは、仕上げの「調理」をするだけだ。
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