第11話 裏切り者はスープの中に ~戦場の雑草グルメ~

​「さあ、総員作業開始だ! そこの草を抜け! あっちの茂みの葉っぱを集めろ!」

​ 俺の号令が、早朝の冷え切った砦に響き渡る。

 兵士たちは、手に持った剣や槍をスコップに持ち替え、困惑しながらも中庭の草むしりを始めた。彼らにとってはただの雑草だが、現代知識を持つ俺の目には、これらは立派な「一級食材」に見えていた。

​ ノビル、タンポポ、ハコベ、ヨモギ。

 現代日本では薬草や春の味覚として親しまれる植物たちが、手入れの行き届かない砦の隅々に、これでもかと自生していたのだ。

​「軍師殿……本当にこれを食うのですか? 家畜の餌ではないかと……」

 一人の兵士が、泥のついたタンポポを掲げ、泣きそうな顔で訴えてくる。

​「黙って集めろ。毒草の見分け方は俺が教える。……いいか、腹が減っては戦はできん。絶望する前に、まずは胃袋を満たすことだけ考えろ」

​ 俺は集めさせた野草を丁寧に選別し、井戸水で泥を洗い流した。

 そして、唯一無事だった「油」の瓶と、隠し持っていた「ニンニク」、さらに予備で持ち歩いていた「岩塩」を、火にかけた大鍋にぶち込んだ。

​ ジュワアアッ……!

​ 瞬間、殺風景な砦の中庭に、暴力的なまでに食欲をそそる香りが爆発した。

 油とニンニク。この二つが合わされば、例え革靴の底であっても美味しく食えると言われる、料理界の魔法だ。

​「……な、なんだこの匂いは」

「……美味そうだぞ」

​ 空腹で青ざめていた兵士たちが、ふらふらと、獲物を狙う獣のような目で鍋を囲み始めた。俺はそこに刻んだ野草を放り込み、手早く火を通す。岩塩で味を調えれば、特製「スタミナ薬膳スープ」の完成だ。

​「並べ! 一杯ずつだ、慌てるな!」

​ 俺は自らお玉を握り、兵士たちの椀に熱々のスープを注いで回った。

 先ほどの兵士が、恐る恐る口をつける。

​「……っ! う、美味い! なんだこれ!」

「塩気が効いてて……あたたかい……。力が湧いてくるようだ!」

​ 油が野草の特有の苦味をコーティングし、ニンニクの香りが鼻を抜け、岩塩のミネラルが疲労困憊の体に染み渡る。

「さすが軍師様だ! こんな魔法を知っていたなんて!」

「これなら……これなら帝国軍相手でも戦えるぞ!」

​ 中庭に、失われていた活気が戻っていく。

 だが、俺の目は笑っていなかった。

 スープを配りながら、俺は一人ひとりの兵士の「手」と「表情」を、逃さず観察していたのだ。

​ 昨夜、食料庫が燃やされた。

 犯人は帝国軍の密偵か、あるいは内通者。火種には、間違いなく「油」が使われたはずだ。松明用の油か、あるいは調理用の油か。

 急いで手を洗っても、指先や爪の間に染み付いた「独特の油の匂い」までは、そう簡単に消せはしない。

​ 俺は、お玉を差し出してきた一人の兵士の前で、ピタリと動きを止めた。

 男の顔色が、一瞬で土色に変わる。

​「……お前、いい食いっぷりだな。だが、その右手の袖……」

​ 俺は男の手首を掴み、その指先を鼻に近づけた。

 

「――なんでそんなに、『火薬と古い油』の匂いがするんだ?」

​ 周囲の喧騒が、一瞬で静まり返った。

 俺は最高に嫌な笑みを浮かべ、裏切り者の目を真っ向から見据えた。


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