第2話 【火事場の馬鹿力】テルモピュライの戦い×四面楚歌コンボで、三千の敵軍をボコボコにしてみた

​「……本当に、やるおつもりか?」

​ 煤(すす)けた顔の兵士長が、震える声で俺に問うた。

 彼の手には松明。目の前にあるのは、彼らが守るべき民家だ。

​ 俺は内心で頭を抱えていた。

 いや、やっぱりやめようぜ。自分の提案で街が燃えるとか、現代日本の倫理観が悲鳴を上げている。

 だが、隣には抜き身の剣を持ったガルド将軍が俺の言葉を待っている。ここで「冗談です」と言えば、俺の首が飛ぶ(二度目)。

​ 俺は湧き上がる吐き気を飲み込み、できるだけ冷酷な声を作った。

​「家は建て直せる。だが、死んだら国も家族も守れんぞ。……やれ」

​ 俺の指示により、松明が投げ込まれた。

 乾いた木造建築は、瞬く間に炎を上げる。風向きは……運良く敵軍側へ流れた。神様ありがとう。

​「よし、総員退避! 指定した路地へ潜め!」

​ 数分後。

 勝利を確信した敵軍が、煙に巻かれて路地へ殺到した。

​「見ろ! 敵はパニックになって火を出したぞ!」

「追え、追えぇぇ!」

​ 俺はガルド将軍の背後に隠れながら、ガタガタと震えていた。

 怖い。マジで怖い。戦場の音って映画館の4DXの比じゃないんだけど。

 だが、ガルド将軍は俺の震えを見て、感心したように呟いた。

​「……武者震いか。これほどの死地で笑うとは、肝の座った男だ」

​ 笑ってねえよ。顔が引きつってるだけだよ。

​「今だ! 突けぇぇっ!」

​ ガルド将軍の号令と共に、隠れていた味方の槍兵が一斉に突き出された。

 狭い路地では、大軍の「数の暴力」は機能しない。前の数人が詰まれば、後ろの数千人はただの観客だ。

 映画『300』でも有名な、テルモピュライの戦いの再現である。

​ 敵の前衛が崩壊するのを見て、俺は震える声で……いや、厳かに呟いた。

​「……兵は詭道(きどう)なり」

​「『兵は詭道なり』……か。なんと重みのある言葉だ」

​ ガルド将軍がキラキラした目で俺を見てくる。やめて、その英雄を見る目はやめて。

 俺は必死にゲーム知識を検索する。このまま逃げ切るには……そうだ、あれだ。

​「……太鼓を鳴らせ」

「太鼓?」

「大音量の太鼓を鳴らせば、敵は『四方を包囲された』と錯覚する」

​ いわゆる『四面楚歌』の応用だ。

​ ドンドンドンドン!!

 狭い路地に太鼓の音が反響し、実際の数倍の音量となって敵軍に降り注ぐ。

​「ひぃっ! 伏兵だ! 大軍が隠れていたんだ!」

「罠だ! 全滅させられるぞ!」

​ 効果はてきめんだった。

 敵兵たちは恐怖にかられ、我先に逃げ出そうとして自壊していく。

​ 勝った。

 ただの歴史オタクの口から出まかせで、三千の軍勢を追い返してしまった。

​ 俺がへたり込みそうになるのを必死に堪えていると、路地の奥から豪奢なドレスの少女が駆け寄ってきた。

 銀色の髪に、宝石のような青い瞳。

 この国の王女、セシリア姫だ。

​「ガルド! この奇跡のような勝利をもたらした方は!?」

​ ガルド将軍が跪く。全視線が俺に集まる。

 俺は乾いた唇を舐め、覚悟を決めた。

 変に偽名を使うとボロが出る。だが、本名を名乗って農民扱いされても消される。

​「……カズヤだ。東方の小国から流れてきた、ただの軍略家さ」

​ 姫が、俺の手を両手で包み込んだ。

 上目遣い。いい匂い。柔らかい手。

​「カズヤ様……! どうか、その知恵をこれからも私にお貸しください!」

​ 脳内警報が最大音量で鳴り響く。

 『これからも』? つまり就職決定?

​「あ、いや、俺は旅の途中なんで……」

「嫌なのですか……?」

​ 涙目で言われたら、断れる男がどこにいる。

 俺は心の中で絶叫しながら、クールに頷いた。

​「……乗りかかった船だ。少しだけなら、付き合おう」

​ こうして俺は、滅亡寸前の弱小国の「筆頭軍師」として、華々しくも胃の痛いデビューを飾ることになったのである。

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