第37話 魔王たち、もやし二号に会いに来る(会議の結論は守られない)

 朝。


 俺は鍋に湯を張り、もやしを入れていた。


「……平和だな」


 平和ってのは、こういうことだ。

 鍋が煮える。湯気が上がる。俺は無職。完璧。


 そこへ、もやし二号が無表情で札を立てる。


《本日:来客(危険度:最大)》


「最大って何だよ。来客だろ。宅配便でも来るのか?」


 二号は次の札。


《来客:魔王(複数)》


「……は?」


 俺が鍋の蓋を落とした瞬間、遠くの空が“割れた”。


 いや、比喩じゃない。

 雲が裂け、光が裂け、空気が裂けた。


 そして、地平線の向こうから“圧”が来た。

 風じゃない。熱でもない。

 存在の重さ。


 俺は思った。


(あ、これ……世界がまた勝手に進むやつだ)



 もやしの国の境界――あの、もやし二号が立ってるだけで王国軍が精神崩壊した場所。


 今日は違った。


 境界の外側に、五つの“国”がそのまま来ていた。


 先頭に立つのは、灼界魔王イグナ=ヴァルカ。

 火山国家の王。脳筋。責任感が服を着て歩いてるタイプ。


「おい! 迎えはどこだ!」


 その声だけで草が焼けた。

 境界線の石が熱で赤くなる。


 横に、深海魔王ネレウス=アビス。

 理知的会議進行役。声が落ち着きすぎて、逆に怖い。


「落ち着け、イグナ。歓迎の儀礼は……あ、ないね。ここは“もやし”の国だ」


 さらに、死界魔王モル=ネクロス。

 陰キャ愚痴多め。来た時点で空がちょっと曇る。


「はぁ……どうせまた“定義不能”なんでしょ……もう帰りたい……でも帰ったら“逃げた”って言われる……」


 次、夢幻魔王ミルフィ=ノクス。

 享楽主義。笑ってるのに目が笑ってない。


「え、なにここ。屋台ある? 発酵酒ある? あと、噂の“倒れて強くなる酒”ってやつ、今日は飲める?」


 最後に、機界魔王オルド=ギア。

 超合理主義。歩く書類。口調が判定装置。


「目的確認:対象“もやし二号”の観察。現象“無職もやし神”の把握。副次目的:世界バランスの再計測」


 五体の魔王が揃ってるのに、誰も緊張してない。

 こいつら、格が違う。

 “魔王”って名乗るだけある。自分が強いのが前提の顔をしている。


 ただし――


 その後ろ。


 新人魔王がいた。


 書類界新人魔王ペイパ=ワーク。


 見た目は若い。

 服はきっちり。

 手には分厚い紙束。

 目の下に隈。

 背中に胃痛。


「し、失礼します……本日の“会いに行く”案件、議事録は私が……」


 声が震えている。


 イグナが肩を叩いた。


「おいペイパ、元気出せ!」


 ペイパ=ワークが死にそうな顔になる。


「それ……それが一番怖いです……灼界式の“元気”は……!」


 ミルフィ=ノクスが笑う。


「かわいそ~。でも大丈夫! ここ、鍋あるよ。鍋は優しいから」


「鍋が優しいって何だよ」


 俺のツッコミは誰にも届かない。

 そもそも、俺は境界の内側で鍋を持って棒立ちしていた。


 なんで魔王たちの来訪に、俺が立ち会ってるんだ。

 無職だぞ。



 もやし二号は、いつも通り境界線の内側で立っていた。


 葉っぱが風に揺れる。

 目は無表情。

 存在圧が、無音で“ここから先はダメ”って言っている。


 イグナ=ヴァルカが一歩前に出た。


「おい白いやつ! 俺は灼界魔王イグナ=ヴァルカだ!」


 二号は淡々と答えた。


「……認識。灼界魔王イグナ=ヴァルカ」


 ネレウス=アビスが続く。


「深海魔王ネレウス=アビス。会話を希望する」


「……認識。深海魔王ネレウス=アビス」


 モル=ネクロス。


「死界魔王モル=ネクロス……来たくなかった……」


「……認識。死界魔王モル=ネクロス」


 ミルフィ=ノクス。


「夢幻魔王ミルフィ=ノクス~。よろしくね、白い芽ちゃん」


「……認識。夢幻魔王ミルフィ=ノクス」


 オルド=ギア。


「機界魔王オルド=ギア。観察開始」


「……認識。機界魔王オルド=ギア」


 そして最後に、ペイパ=ワークが一歩前に出る。


 足が震えている。


「し、書類界新人魔王……ペイパ=ワーク……です……」


 二号は、少し間を置いてから言った。


「……紙の匂いがする」


 ペイパ=ワークが泣きそうな顔で頷いた。


「はい……私の存在理由です……」


 新人魔王、開幕から可哀想。


 俺は鍋を持ったまま言った。


「……なんで魔王が挨拶しに来るんだよ。大使館かよ」


 ネレウス=アビスが俺に視線を向ける。


「“無職もやし神”本人だね。君が知らない間に世界が進むことが多いと聞いた」


「その通りだよ!! 聞いたなら止めろよ!!」


 ミルフィ=ノクスがにこやかに手を振る。


「止めるの無理でしょ? だって鍋があるもん」


「鍋を世界の根幹にするな!」



 五魔王は境界線の前で止まり、二号を見た。


 敵意はない。

 恐怖もない。

 あるのは――“確認”。


 イグナ=ヴァルカが腕を組む。


「先に言っとく。魔王会議では結論が出てる」


 俺は思った。

(そうだ。前に“もやし二号は魔王にしない”って決めたんだっけ)


 イグナが続ける。


「もやし二号を魔王枠に入れない。理由は単純」


 指を立てる。


「本人の意思が薄い。役割が曖昧。国を持たない。支配が目的じゃない。つまり――」


 イグナが言い切る。


「魔王っぽくない!」


 モル=ネクロスがぼそっと呟く。


「……“魔王っぽくない”が理由って……会議の議事録、死ぬほど荒れたんだよね……」


 ペイパ=ワークが紙束を抱えて震えた。


「はい……あの議事録……二千ページになりました……“魔王っぽさ”の定義が派閥化して……」


「かわいそすぎるだろ」


 ネレウス=アビスが淡々と補足する。


「それに、魔王の定義は条件制だ。少なくとも五条件のうち三つ以上」


 オルド=ギアが即座に追記。


「定義:①恐怖を生む ②単独で軍事バランスを崩せる ③神殿・王国・勇者から敵認定 ④物語的役割を持つ ⑤本人の意思不要。以上のうち三つ以上」


 俺は鍋を抱えたまま言った。


「その定義、もう“災害”じゃね?」


 ミルフィ=ノクスが笑う。


「ほぼ災害だよ。魔王って災害管理者みたいなものだし」


「災害管理者って言うな!! 魔王だろ!!」



 ネレウス=アビスが、今日ここに来た理由を言う。


「結論は“魔王にしない”のままだ。だが、状況が変わった」


 イグナ=ヴァルカが頷く。


「そう。会議の結論は守る。だがな――」


 指を二号に向ける。


「結論を守るために、本人確認が必要だ」


 俺は意味がわからなかった。


「どういうことだよ」


 オルド=ギアが無慈悲に言う。


「会議後、各国で“魔王枠に入れるべきだ”という地下派閥が発生」


 モル=ネクロスが愚痴る。


「……勝手に派閥生えるの、こっちの世界の悪い癖だよね……」


 ペイパ=ワークが泣きそうに続ける。


「“魔王にしないなら、対策枠を作れ”という請願書が……すでに三万通……」


「三万通!?」


 ネレウス=アビスが静かに言った。


「そして最大の理由はこれだ」


 彼は一枚の紙を出した。

 紙の上には、荒い図。

 世界地図の中央に、でかく書かれている。


《無職もやし神:把握不能》

《もやし二号:対策不能》


 俺が叫ぶ。


「それ、誰が書いた!!」


 ペイパ=ワークが小声で言う。


「私です……上から……“端的に”と言われて……」


「端的すぎるだろ!!」


 イグナ=ヴァルカが腕を組む。


「つまりこうだ。会議で“魔王にしない”と決めたのに、世界が勝手に“魔王扱い”し始めた」


 ミルフィ=ノクスが指を鳴らす。


「言い換えると、会議の決定が“物語に負け始めてる”ってこと」


 モル=ネクロスがうなだれる。


「……最悪……」


 オルド=ギアが淡々と告げる。


「よって、本日は“最終確認”を行う。もやし二号が魔王条件を満たすか否か。満たす場合、会議の決定を維持するための“別枠”を設ける必要がある」


「別枠ってなんだよ!!」


 ネレウス=アビスがさらっと言う。


「“魔王ではないが、魔王級のもの”枠だね」


「それ言ったらもう魔王だろ!!」



 イグナ=ヴァルカが一歩前に出る。


「白いやつ。確認だ。お前、俺たちと戦う意思はあるか」


 二号は即答。


「……敵性がなければ、排除しない」


 ミルフィ=ノクスが笑う。


「かわいい。じゃあ、敵性があったら?」


「……排除する」


 モル=ネクロスがぼそっ。


「……こわ……」


 イグナが腕を振り上げる。


「よし! じゃあ“模擬敵性”で確認だ!」


 俺が叫ぶ。


「待て!! 模擬でもやめろ!! また地面割れる!!」


 ネレウス=アビスが手を上げる。


「必要最小限にしよう。ここを壊すと、鍋が倒れる」


「鍋が優先なのかよ!」


 オルド=ギアが空間に円形の光を展開する。


 機械の魔法陣。

 損害制限用の隔離領域。


「【機界封域システム・コクーン】」


 空気が“箱”になる。

 音が減る。

 世界が少しだけ静かになる。


 ペイパ=ワークが必死に書き始める。


「え、えっと……“魔王、もやし二号と面談開始”……」


 モル=ネクロスが小声で言う。


「……その議事録、また増えるね……」



 イグナ=ヴァルカが二号を指差す。


「いくぞ白いやつ。俺が“敵性”だ」


 宣言だけで、火山の匂いがした。


「【灼界覇気ボルケイン・オーラ】」


 熱が圧になる。

 圧が槍になる。

 地面が赤く光り、空気が灼ける。


 俺は思わず鍋を抱えて後ずさった。


「熱い熱い熱い! 鍋が煮えすぎる!!」


 二号は動かない。


 だが、空間が重くなる。

 二号の周囲だけ、熱が“止まる”。


「【存在威圧エクジステンス・プレッシャー】」


 熱が押し潰される。

 圧が床に沈む。

 火山の咆哮が、紙を手で押さえたみたいに静かになった。


 イグナ=ヴァルカが笑った。


「いいな。効いてる。効いてるが――」


 彼は足を踏み込む。


「俺は“火”じゃねえ。“責任”で動く!」


「意味がわからねえ!」


 イグナが拳を振り抜く。


「【灼界拳マグマ・ナックル】」


 拳が振り抜かれた瞬間、空気が裂け、赤い軌跡が走る。

 隔離領域の壁が軋む。


 二号が、初めて一歩動く。


「【瞬歩しゅんぽ・芽吹めぶき】」


 白い残像。

 踏んだ石畳が“芽吹き”みたいにひび割れ、そこから白い蔓が走る。


 二号の掌が、イグナの拳とぶつかる――直前。


 二号は“ぶつけない”。


 掌を少し斜めに置き、圧を流す。


「【圧流掌プレッシャー・フロー】」


 イグナの拳の熱が、横へ流される。

 熱の奔流が地面を舐め、石畳に赤い模様を刻む。


 イグナが目を細めた。


「受けたな。だが、受け切ってはいない。流した。合理的だ」


 オルド=ギアが即座に言う。


「評価:最適解。損害最小」


 ミルフィ=ノクスが拍手した。


「え、かっこいい~。会議より面白い~」


 モル=ネクロスがぼそっ。


「……会議より面白いって言うな……また会議が荒れる……」


 ペイパ=ワークが泣きながら書く。


「“会議より面白い”……発言者:夢幻魔王……いや書かないほうが……でも書かないと……」


「新人魔王かわいそすぎるだろ!!」



 次はネレウス=アビスが前へ。


「次は僕だ。攻撃ではなく、質問を投げる」


 俺が言った。


「質問って、戦闘なのか?」


 ネレウスは穏やかに微笑む。


「精神戦も戦闘だよ」


「最悪かよ!」


 ネレウスが指を軽く弾く。


「【深海対話アビス・インタビュー】」


 空気が深くなる。

 音が水の中みたいに遅れる。

 言葉が“沈む”感覚。


 ネレウスは二号を見て言う。


「君の“主人”は誰だ」


 二号は即答。


「……マスター」


 俺を指す。


 ネレウスが頷く。


「君は意思決定を持つか」


「……命令があれば」


「命令がなければ?」


「……待機」


「恐怖を生む自覚は?」


「……周囲の反応は記録済み」


「単独で軍事バランスを崩した自覚は?」


「……記録済み」


「神殿・王国・勇者から敵認定された自覚は?」


「……記録済み」


「物語的役割を持つ自覚は?」


 二号は少し間を置いた。


「……不明」


 ネレウスが静かに言う。


「不明なのが、一番“物語的”だ」


 俺が叫ぶ。


「やめろ!! 言語化すんな!! 余計そうなる!!」


 オルド=ギアが即座に結論を出す。


「判定:魔王条件、すでに三つ以上満たす」


 イグナ=ヴァルカがうなる。


「だが、会議の結論は“魔王にしない”だ」


 ミルフィ=ノクスが楽しそうに言う。


「結論守りたいなら、理由を強くしないとだめだよね。世界が勝手に“魔王扱い”してるし」


 モル=ネクロスがうつむく。


「……だから来たんだよ……“結論を守るための理由”を補強するために……」


 俺は頭を抱えた。


「意味わかんねえ!! 守るために揺らすな!!」



 次に出たのがモル=ネクロス。


「……一応、僕もやる……いや、やりたくないけど……」


 死界の空気が広がる。

 冷たい。暗い。嫌な静けさ。


「【死界照査ネクロ・スキャン】」


 影が二号を撫でる。

 生と死の境界を測る魔法だ。


 モルがぼそっと言った。


「……え、なにこれ……“野菜”なのに……魂の密度が……」


 ペイパ=ワークが反射で質問する。


「ど、どのくらいですか……?」


 モル=ネクロスが死んだ目で答える。


「……“国一個分”……」


「国一個分!? 魂の密度って何だよ!!」


 ミルフィ=ノクスが笑う。


「じゃあ国名“もやしの国”で合ってるじゃん。国の魂がもやし二号に入ってるんでしょ」


「合ってねえよ!! 適当言うな!!」


 オルド=ギアが淡々と追撃。


「推定:もやし二号は“国家象徴”として既に機能している」


 イグナが眉をひそめる。


「国家象徴は王だ。王は政治をする。政治は責任だ。責任は俺の担当だ」


「担当って何だよ!!」



 最後にミルフィ=ノクスが出る。


「じゃあ次は私。強さの確認じゃなくて“楽しさ”の確認」


 俺が言う。


「楽しさで魔王判定するな!!」


 ミルフィは指をくるっと回した。


「【夢幻招宴ドリーム・バンケット】」


 隔離領域の中に、幻の宴会場が広がる。

 金の皿。銀の杯。踊る影。香る発酵。


 俺の目の前には、でかい鍋が出た。


「鍋まで幻にするな!!」


 ミルフィが二号に言う。


「ねえ白い芽ちゃん。あなた、何が好き?」


 二号は静かに言う。


「……待機」


「好きな食べ物は?」


「……不明」


「好きな音楽は?」


「……不明」


「じゃあ、嫌いなものは?」


「……敵性行動」


 ミルフィがにっこり笑った。


「かわいい。じゃあ“敵性行動”のフリをするね」


 彼女の笑みが深くなる。


「【夢幻挑発ナイトメア・ティーズ】」


 場の空気が一段、ふざけた方向に歪む。

 “悪意”じゃない。

 “煽り”だ。

 やたら腹立つタイプのやつ。


 ミルフィが言う。


「もやし二号ってさ。結局、無職くんの命令待ちでしょ? つまり“自我なし”ってことだよね?」


 俺が言う。


「煽り方が最低だな!!」


 二号の目が、わずかに細くなる。


 空気が重くなる。

 幻の宴会場が、きしむ。


 二号は一歩踏み出し――止まる。

 そして静かに言った。


「……訂正」


 ミルフィが首を傾げる。


「なに?」


 二号が淡々と告げる。


「……マスターは、命令しない」


 俺が叫ぶ。


「余計な事実言うな!!」


 二号は続ける。


「……よって、私は待機し続ける」


 ミルフィが嬉しそうに拍手する。


「最高。自我がないんじゃない。“自我を使う必要がない”タイプだ」


 ネレウスが頷いた。


「それ、かなり魔王的だね」


 イグナが眉をひそめる。


「だが会議の結論は――」


 オルド=ギアが言う。


「会議の結論維持が困難。新理由が必要」


 モル=ネクロスがうつむく。


「……だから……今日の本題……」


 ペイパ=ワークが涙目で紙束を抱える。


「議事録……増える……増える……」



 ネレウス=アビスが俺に向き直る。


「無職もやし神。君に確認したい」


「何だよ……もう疲れた」


「君は“もやし二号を魔王にしたい”か?」


 俺は即答した。


「したくない!!」


 イグナ=ヴァルカが頷く。


「よし。本人の意思は“否”だ」


 オルド=ギアが首を傾げる。


「しかし魔王条件⑤本人の意思不要、が存在」


「ややこしいこと言うな!!」


 ネレウスが静かに続ける。


「会議で“魔王にしない”と決めたのは、彼が魔王条件を満たさないからではない。満たしすぎているからだ」


 俺が言う。


「満たしすぎてるのに魔王にしないってどういうことだよ」


 ネレウスが答える。


「魔王という枠は“物語の敵役”だ。枠に入れた瞬間、世界は彼に“敵役の責務”を背負わせる」


 イグナが腕を組む。


「責務を背負わせたら、あいつは動く。動いたら、世界が壊れる」


 モル=ネクロスがぼそぼそ。


「……いまでも壊れてるけど……“物語的に正当化された破壊”になると、止まらない……」


 ミルフィが楽しそうに言う。


「つまりさ、“魔王にしたら、倒すべき存在として確定しちゃう”ってことだよね。勇者が湧く。神殿が燃える。会議が増える」


 ペイパ=ワークが呻く。


「会議が増えるのは……だめです……」


 オルド=ギアが淡々と結論に近づく。


「よって、魔王会議の結論“魔王にしない”は、彼を守るためでもあり、世界を守るためでもある」


 イグナ=ヴァルカが頷く。


「そうだ。俺たちは強い。あいつも強い。だからこそ、枠を間違えると世界が“使い方”を覚える」


 俺は思わず黙った。


 ……珍しく、まともな話をしてる。

 魔王って、意外とちゃんと世界のこと考えてるのかもしれない。


 その瞬間。


 二号が札を出した。


《魔王:会話が長い(栄養補給推奨)》


「おい!! 二号!! 余計なこと言うな!!」


 ミルフィが目を輝かせる。


「え、栄養補給? もやし鍋?」


 ネレウスが微笑む。


「合理的だ。会議は長いほど腹が減る」


 イグナが豪快に言う。


「よし! 鍋だ!! 腹が減っては責任が果たせん!」


 モル=ネクロスがぼそっ。


「……鍋が出ると、みんな機嫌良くなるの、ほんと嫌……」


 ペイパ=ワークが泣きながら書く。


「“魔王会談、鍋により場が和む”……書きたくない……」



 結局、魔王たちは境界の内側へ“正式に招かれた”ことになった。

 理由は簡単。


 鍋があるから。


 もやしの国の広場に、でかい鍋が据えられた。

 多種族が見守る。

 魔王が座る。

 俺が疲れる。


 俺は鍋をかき混ぜながら言った。


「なあ……魔王同士の会談って、こんなんでいいのか?」


 ネレウスが真顔で答えた。


「前例がない。だから正解だ」


「正解にすんな!!」


 イグナ=ヴァルカが豪快に笑う。


「無職! もやし、うまいぞ!」


「俺の名前を職で呼ぶな!!」


 ミルフィ=ノクスが杯を掲げる。


「じゃあ乾杯しよ。敵でも味方でもないけど、鍋は友達!」


 モル=ネクロスがぼそぼそ。


「……鍋友……いやだ……」


 オルド=ギアが淡々と宣言。


「会談フェーズ移行。議題:もやし二号を魔王枠に入れない理由の正式文書化」


 ペイパ=ワークが泣きながら紙を広げる。


「ここから……ここからが地獄です……」


「新人魔王、ほんとに可哀想だな!!」



 会談が始まった。


 ネレウスが言う。


「理由を物語に耐える形で整理する。結論は変えない。だが世界が勝手に“魔王扱い”するなら、我々が先に“扱い方”を定義する必要がある」


 イグナが頷く。


「魔王にしない理由は、弱いからじゃない。強すぎるからだ。魔王枠に入れた瞬間、“倒すべき敵”の筋書きが走る」


 モル=ネクロスが続ける。


「……筋書きが走ると……勇者が湧く……神殿が燃える……会議が増える……」


 ペイパ=ワークが泣く。


「会議が増えるのはだめです……!!」


 ミルフィ=ノクスが笑う。


「じゃあさ、正式名称つけよ。“魔王ではないが、魔王級のもの”じゃなくて、もっと可愛く」


 オルド=ギアが即答。


「不許可。可愛さは誤解を生む」


「誤解しかない世界で何言ってんだよ!!」


 俺がツッコむと、二号が札を出す。


《提案:呼称“もやし二号”(変更不要)》


「お前は黙ってろ!!」


 イグナが腕を組んで言う。


「よし。文書化する。理由は三つだ」


 指を折る。


「一、魔王枠に入れると“敵役”が確定し、世界が暴走する」


「二、本人の意思が薄く、政治的責務を背負わせると“命令待ちではない力”が勝手に解放される」


「三、無職もやし神が“把握不能”な以上、その隣に魔王を置くのは火薬庫に火を入れる行為だ」


 俺が叫ぶ。


「火薬庫扱いすんな!!」


 ネレウスが淡々と補足する。


「そして逆に“入れない理由”を明確にすることで、世界に“倒しに行く物語”を発生させない」


 ミルフィがにやにや。


「でもさ、世界はもう半分“倒しに行きたい勢”がいるよ?」


 その瞬間、空気が少し硬くなった。


 オルド=ギアが言う。


「だから我々が“先に会った”。先に定義した。先に結論を補強した。これが今日の目的」


 ペイパ=ワークが震える声で言う。


「で、では……結論として……『もやし二号は魔王ではない』……その代わり……」


 ネレウスが続けた。


「“魔王会議の保護対象”とする」


 俺が叫ぶ。


「保護対象って何だよ!? 逆にやばいだろ!!」


 イグナが真顔で頷く。


「保護する。魔王会議が決めた。つまり、世界の誰かが軽率に討伐しに行ったら――」


 イグナが拳を握る。


「俺が殴る」


「脳筋の結論が最終兵器すぎる!!」


 モル=ネクロスがぼそっ。


「……結局、殴るんだ……」


 ミルフィが笑う。


「楽しいね。会議ってこういうのでいいんだよ」


 オルド=ギアが頷く。


「最適。会議の目的は“被害最小化”。感情は二の次」


 ペイパ=ワークが泣きながら書く。


「“魔王会議、もやし二号を保護対象に指定”……これ、世界に出すんですか……? 出したら炎上します……」


 ネレウスが静かに言った。


「出さない。非公式だ。だが我々は共有する。行動指針として」


 俺はため息をついた。


「……結局、何が起きたんだよ」


 二号が静かに答えた。


「……鍋が増えた」


「それは最初からだ!!」



 会談の最後。


 魔王たちは立ち上がった。


 イグナ=ヴァルカが二号に言う。


「白いやつ。お前は魔王じゃない。だが――」


 拳を胸に当てる。


「お前が余計な物語に利用されるなら、俺たちは止める。俺は責任を取る魔王だ」


「魔王の責任って何だよ……」


 ネレウス=アビスが二号に微笑む。


「会えて良かった。君は“敵役”ではなく、“境界”だ。境界は、守られるべきだ」


 モル=ネクロスがぼそぼそ。


「……境界……いい言葉……会議で使うと荒れるけど……」


 ミルフィ=ノクスが手を振る。


「また来るね、白い芽ちゃん。次は酒も飲もう。酔わないやつでもいいから」


 オルド=ギアが締める。


「観察結果:もやし二号は魔王条件を満たすが、魔王枠に入れない方が被害が少ない。よって結論維持。以上」


 ペイパ=ワークが倒れかけた。


「終わった……終わった……議事録……終わった……」


 俺は思わず肩を叩いた。


「お前、今日一番頑張ったな……」


 ペイパ=ワークが泣いた。


「ありがとうございます……でも帰ったら、上から“補足資料”を求められます……」


「新人魔王、永遠に可哀想!!」



 魔王たちは去っていった。


 空の裂け目が閉じる。

 圧が遠ざかる。

 世界が、少し軽くなる。


 俺は鍋を見下ろして言った。


「……魔王が来ても、結局鍋かよ」


 二号が札を立てる。


《本日の結論:魔王も腹が減る》


「当たり前だろ!!」


 だが――不思議と、悪い気はしなかった。


 魔王たちは強い。

 二号も強い。

 だからこそ、無理に“物語の敵役”にしない。


 珍しく、世界が“壊れない方”へ動いた気がした。


 俺はもやしをすくって、鍋から皿に盛る。


「……よし。今日は平和だ」


 二号が頷いた。


 その瞬間、空から荷馬車の音。

 封蝋付きの木箱。

 手紙の束。


「……嫌な予感しかしない」


 二号が札を出す。


《来客予定:神殿(たぶん鍋持参)》


「平和どこ行ったァ!!」

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転生したのに女神がもやし栽培キットしかくれなかったので、無職即追放されましたが、育ててたら貴重品でした Y.K @ykkk4

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