第34話 魔王緊急会議、議題は「無職」

会議は、重苦しく始まった。


場所は、魔界中立領域虚無円卓

神も勇者も介入できない、本来なら世界滅亡レベルの決定がなされる場だ。


円卓には、五つの玉座。


灼界魔王イグナ=ヴァルカは、腕を組んで唸っていた。

深海魔王ネレウス=アビスは、すでに議事録を整えている。

死界魔王モル=ネクロスは、椅子に沈み込みながらため息。

夢幻魔王ミルフィ=ノクスは、寝転がって酒を飲んでいる。

機界魔王オルド=ギアは、無言で計算式を空中に表示していた。


――そして。


一番端の、明らかにサイズの合っていない椅子。


そこに座っているのが、新人だった。


「……あの……」


声が弱い。


「書類界新人魔王、ペイパ=ワークです……」


魔界において最も珍しい属性。


書類。



「では、始めよう」


ネレウス=アビスが静かに言った。


「今回の議題は一つ」


全員の視線が、自然と同じ方向に向く。


「……無職もやし神」


沈黙。


イグナ=ヴァルカが、拳を握り締める。


「ふざけた名前だ」


「だが事実だ」


オルド=ギアが即答する。


「名称は問題ではない。影響範囲が異常だ」


モル=ネクロスがボソッと呟く。


「……勇者より怖い存在とか、聞いてない……」


ミルフィ=ノクスは笑った。


「だって戦わないんだもん。鍋しか使わないのに世界壊してるの、逆に才能でしょ」


新人ペイパ=ワークは、恐る恐る手を挙げた。


「あの……その……」


五人の視線が一斉に刺さる。


「……私、就任初日でこの会議に呼ばれたんですが……」


ネレウスが頷く。


「そうだ。君は今回の報告担当だ」


「……え?」


「“もやし事案”の公式整理は、書類界の管轄だ」


ペイパの顔色が、紙より白くなる。


「……あ、あの、それ、三千ページあります」


「要約しろ」


「……無理です」


即答だった。



イグナ=ヴァルカが、机を叩く。


「まず確認だ!」


「我々は魔王だな?」


「はい……」


「世界を脅かす側だな?」


「……はい」


「なのに、なぜ今」


拳を握りしめて叫ぶ。


「腹が減らなくなっただけで世界が平和になっている!!」


全員、黙る。


それが一番問題だった。


オルド=ギアが淡々と報告する。


「統計上、もやし流通後」


「戦争発生率:低下」

「反乱件数:激減」

「勇者稼働率:ほぼゼロ」


「魔王討伐率……」


一拍。


「観測不能」


ミルフィ=ノクスが吹き出す。


「だって勇者、胃から壊されてるもん」


モル=ネクロスが俯く。


「……世界、優しすぎない……?」



ネレウス=アビスが、静かに言った。


「問題は二点」


「第一に、無職もやし神は敵意を持たない」


「第二に――」


一拍。


「対処しようとすると、信仰が増える」


イグナが唸る。


「異端指定した神殿が死んだ」


「軍を向けた王国が折れた」


「魔界が動いたら……」


全員、自然とペイパ=ワークを見る。


「……私ですか!?」


「書類で殴れるか?」


「殴れません!!」


「だろうな」



ここで、ペイパは震える声で報告を始めた。


「えっと……まとめると……」


「無職もやし神は」


・名乗らない

・教義を作らない

・指示を出さない

・統治しない

・戦わない


「……なのに」


紙をめくる。


「世界が勝手に従ってます」


沈黙。


ミルフィ=ノクスが笑いながら言った。


「最悪じゃん」


「魔王の上位互換」


イグナが歯を食いしばる。


「我々は恐怖で支配してきた」


「奴は――」


オルド=ギアが補足する。


「満腹で無力化している」


モル=ネクロスが死んだ目で言う。


「……もう魔王いらなくない……?」


ペイパ=ワークが泣きそうになる。


「じゃあ……私の仕事は……」


ネレウスが即答する。


「ある」


「……な、何を……」


「刺激しないための書類作成」


「……増えてるじゃないですか……」



最終結論が出る。


ネレウス=アビスが、厳かに宣言した。


「魔王会議・決議」


《無職もやし神に関しては》


・敵対しない

・接触しない

・名前を増やさない

・鍋を没収しない

・もやし二号に言及しない


「以上」


イグナが立ち上がる。


「……魔王史上初だな」


「“何もしない”という決議」


ミルフィ=ノクスが拍手する。


「平和だねぇ」


オルド=ギアが計算を消す。


「合理的だ」


モル=ネクロスが呟く。


「……生きてていい世界になっちゃった……」


最後に。


ペイパ=ワークが、恐る恐る言った。


「……あの」


「私、次回会議も参加ですか……?」


全魔王、同時に頷く。


「当然だ」


「書類は増える」


「世界が平和になるほど」


ペイパ=ワークは、静かに泣いた。



その頃。


当の本人。


「……もやし、茹ですぎた」


俺は鍋を見つめていた。


もやし二号が札を立てる。


《会議対応不要》


「だろうな」


魔王たちは知らない。


この世界最大の脅威が、

今日もただ――


鍋の火加減で悩んでいるだけだということを。

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