第33話 無職もやし神、もやし二号がいるだけで世界が勝手に平和になる

世界が静かすぎた。


静かすぎるというのは、つまり――

どこも戦争をしていないということだ。


異常だった。


この世界は、

・資源で揉める

・信仰で揉める

・領土で揉める

・ついでに暇でも揉める


そういう世界だったはずだ。


なのに。


「……最近、静かじゃね?」


俺は畑の前で、もやしを洗いながら首を傾げていた。


「隣国との国境、静かすぎません?」


役人が恐る恐る言う。


「軍の訓練音もしないし」

「偵察も来ません」

「宣戦布告も、最後に来たのは……三か月前です」


三か月前。


つまり――

もやし二号が完成してからだ。


俺は、嫌な予感しかしなかった。



数日後。


世界各国の代表が集まる、非公式会談。


俺は呼ばれていない。

当然だ。無職だから。


だが、議題は俺の畑だった。


「……まず確認したい」


どこかの国の代表が、真剣な顔で言った。


「“あの存在”は、本当に動かないのか?」


別の国が即答する。


「動いていない」

「攻撃もしていない」

「威嚇もしていない」


「ではなぜ、我々は軍を動かせない?」


沈黙。


誰かが、ぽつりと言った。


「……いるからだ」


全員が、うなずいた。



一方、その頃。


もやし二号は畑に立っていた。


何もしていない。

本当に、何もしていない。


腕を下ろし、

目を伏せ、

風に葉っぱを揺らしているだけ。


なのに。


国境線の向こう側では、

将軍が汗をかいていた。


「……進軍、取りやめだ」


副官が驚く。


「ですが、敵国の動きは――」


「分かっている」


将軍は、遠くの畑を指差した。


「あれが見えるか」


白い人影。


「……もやし、ですか?」


「そうだ」


将軍は低く言った。


「あれが動いたら終わる」


副官は何も言えなかった。



数週間後。


奇妙な現象が起き始めた。


・各国で軍縮が始まる

・軍事予算が削減される

・代わりに農業予算が増える


理由は、すべて同じだった。


「どうせ、もやし二号がいる」


その一言。


ある国では、会議がこう終わった。


「侵攻計画は?」


「意味がない」


「同盟は?」


「不要だ」


「では、国防は?」


「……もやしの国と、揉めないこと」


結論が、最悪だった。



俺は、その噂を聞いて頭を抱えた。


「おかしいだろ!!」


畑で叫ぶ。


「もやしだぞ!?」

「二号だぞ!?」

「白くて細いだけだぞ!?」


もやし二号が、横で立札を出す。


《現在の脅威評価:世界最強(非攻撃型)》


「評価やめろ!!」



さらに事態は悪化する。


世界情勢レポートに、

こんな項目が追加された。


・抑止力指数

 第一位:もやし二号


理由:

「存在しているだけで、戦争が成立しない」


俺は叫んだ。


「核兵器か!!」



もやし二号本人は、無言だった。


だが、世界は勝手に怯えた。


「もし、彼が歩いたら?」

「もし、彼が瞬きをしたら?」

「もし、彼が怒ったら?」


答えは誰も知らない。


だからこそ、

誰も賭けられなかった。


結果。


世界は平和になった。



そして俺の元に、手紙が届く。


一通。

また一通。

箱で。


『世界平和に貢献したことへの謝意として』

『抑止力の維持をお願いします』

『どうか、二号を国外に出さないでください』


「知らねえよ!!」


俺は手紙を投げた。


「二号は畑担当だ!!」

「外交要員じゃない!!」


もやし二号が、静かに言う。


「マスター。畑の水やりが完了しました」


「そうか……」


その瞬間、俺は気づいた。


世界最強の抑止力が、今、ジョウロを持っている。



その日の夜。


どこかの国境。


兵士が焚き火の前で言った。


「……今日も、平和だな」


別の兵士が頷く。


「もやし二号、今日も動いてないらしい」


「そりゃ安心だ」


彼らは剣を置き、眠りについた。



俺は星空を見上げて呟く。


「……何もしてないんだけどな」


もやし二号が、静かに立っている。


英雄でもなく。

神でもなく。

兵器でもなく。


ただの――

白くて細長い抑止力。


こうして世界は、

史上もっとも理由の分からない平和を迎えた。


原因:

もやし。


そして俺は今日も無職だ。

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