第32話 世界もやし学会、開催(なお誰ももやしを見ていない)

世界は、腹が満たされた。


すると人類は――

理解したくなった。



会場は中立都市ルーメル。

かつては外交会議や停戦交渉が行われた格式ある大広間。


現在。


演壇の後ろに掲げられた横断幕。


《第一回 世界もやし学会

―白芽現象の包括的理解と未来社会―》


「やめろ」


俺は会場入口で呟いた。


「“理解”しようとした瞬間に終わるやつだろこれ」


誰も聞いていない。



参加者は異常だった。


・王国神殿の神学者

・魔導学院の学者

・軍事理論家

・農学者(一番まとも)

・官僚(顔色が死んでる)

・なぜか哲学者

・なぜか吟遊詩人


そして――

ドラゴン学の権威(来てないはずなのに席がある)


「……なんでこんなことになってんだ」


隣で、もやし二号が直立している。


白い。

無表情。

腕には番号札。


《標本No.2 ― 自律型白芽人型存在》


「ちょっと待て」


俺は腕を引いた。


「それ誰が書いた」


もやし二号は首を振る。


「不明です」


「勝手に番号振るな!!」



開会の辞。


壇上に立ったのは、王都サンクティアの元・神殿学術顧問。


白髪。

震える声。

だが目は輝いている。


「――諸君」


嫌な予感しかしない。


「我々は今、人類史上最大の問いの前に立っている」


「なぜ、白い芽は祈りを不要にしたのか」


俺は即座に叫んだ。


「祈り不要にしてねぇ!!

腹減らなくなっただけだ!!」


誰も聞いていない。



第一発表。


《もやし神性起源論》


発表者:神学者。


「無職もやし神は、名を持たない」


「名を持たぬ存在とは、すなわち――」


黒板に書かれる。


【定義不能=神】


「違う!!

俺が名乗ってないだけだ!!」


神学者、聞こえないふり。


「ゆえに、無職とは“無為”」


「何もせず、世界を満たす」


「これは最高位神格の特徴である」


俺、机に頭を打ちつける。


「無職=無為って勝手に解釈するな!!

ただ働いてないだけだ!!」


拍手。


完全に逆効果。



第二発表。


《白芽経済循環モデル》


発表者:官僚。


目の下にクマ。

だが目は狂気。


「もやしは通貨である」


「は?」


スライドが切り替わる。


・保存性

・流通性

・需要の普遍性

・倫理的抵抗の低さ


「金より優れている」


官僚、泣きながら言う。


「……我々は、税の概念を見失いました」


俺が立ち上がる。


「待て待て待て!

もやしで税払うな!!」


官僚、即答。


「もう払われています」


「いつ!?」


「今朝です」


俺、座る。



第三発表。


《もやし二号存在論》


発表者:魔導学者。


全員が、もやし二号を見る。


「この存在は攻撃していない」


「だが、軍を無力化した」


「つまり――」


黒板。


【存在=力】


「……」


「存在するだけで勝つ存在」


「これは“観測兵器”である」


俺が叫ぶ。


「兵器じゃねぇ!!

野菜の延長だ!!」


もやし二号が補足する。


「野菜です」


学者、メモを取る。


《標本自覚あり》


「メモ取るな!!」



第四発表。


《もやしは進化の最終形態である》


発表者:哲学者。


「人は働く」

「人は悩む」

「人は飢える」


「もやしは?」


「働かない」

「悩まない」

「腹を満たす」


「つまり――」


【もやし=完成】


俺、絶叫。


「完成してねぇ!!

ただの芽だ!!」


哲学者、満足げに頷く。


「否定するところが、完成している」


「意味が分からん!!」



休憩時間。


俺は会場裏で壁に頭を預けていた。


「……帰っていい?」


もやし二号が首を振る。


「帰還申請は却下されました」


「誰に!?」


「学会です」


「学会って人格持ってんのかよ!!」



後半戦。


分科会が始まる。


・発酵派

・非発酵派

・茹で原理主義派

・生信仰派(危険)

・二号人格派(もっと危険)


俺は発言席に引きずり出された。


「では、当事者として一言」


全員、ペンを構える。


俺は深呼吸して言った。


「……腹が減ったら、飯食え」


沈黙。


「それ以上でも以下でもない」


「神でも何でもない」


「俺は、鍋を火にかけてるだけだ」


数秒後。


拍手。


スタンディングオベーション。


誰かが叫ぶ。


「簡潔で深遠!!」


「哲学だ!!」


「新派閥だ!!」


「やめろォ!!」



閉会。


採択された結論。


《白芽現象は定義不能》

《定義不能なものは排除不可》

《よって共存》


要するに。


放置。


俺は立ち尽くした。


「……何も分かってねぇ」


隣で、もやし二号が言う。


「理解されないことが、安定要因と分析されました」


「分析すんな」



その夜。


俺は鍋を火にかけていた。


いつも通り。


世界では――

・もやし学部設立

・もやし研究費計上

・もやし博士号発行

・もやし二号、教本表紙


全部、知らない。


俺は鍋を覗いて呟く。


「……次は、普通のやつ作ろ」


世界は、今日も狂っている。


理解しようとしたせいで。


そして明日もきっと――

俺は、何も知らない。

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