第31話 勝った後に来るのは英雄じゃなくて腹を減らした人々だった件

戦争は、終わった。


いや、正確には

「もやし二号が立っていたら終わっていた」。


剣は折れ、旗は下がり、

サンクティアとその同盟国――

つまり、もやしの国は勝利した。


問題は、その後だった。



最初に来たのは、難民だった。


武器を持っていない。

鎧も着ていない。

ただ、腹を押さえている。


「……ここが、もやしの国?」


誰かがそう呟いた瞬間、後ろにいた人間たちが一斉に頷いた。


・戦争で家を失った民

・徴兵を逃れてきた元兵士

・神殿を追い出された元神官

・行き場を失った孤児


共通点は一つ。


全員、腹が減っている。



「……増えすぎじゃね?」


俺は畑の前で、完全に引いていた。


昨日まで「国」とか言ってた場所に、

今日は「炊き出し会場」ができている。


しかも勝手に。


鍋が並び、

火が焚かれ、

誰かが叫ぶ。


「整理券もやしはこちらー!」


「誰が配布許可出した!!」


もやし二号が、いつもの札を立てる。


《緊急対応中:空腹優先》


「勝手に緊急事態宣言するな!!」



だが、見てしまった。


泣きながら、鍋を見つめる子ども。

力なく座り込む老人。

警戒しながらも、期待を隠せない兵士。


……ああ、もう。


「……分かった」


俺は鍋の前に立った。


「列、作れ」

「押すな」

「殴るな」

「奪うな」


全員、凍りつく。


「ここは神の国じゃない」

「奇跡も売らない」


一拍。


「飯は出す」


その瞬間。


世界が、少しだけ静かになった。



配られたのは、もやしだった。


ただの白もやし。

だが――


・回復用もやし

・滋養強化もやし

・納豆菌覚醒現地穀物

・ケフィア仕込みの乳製スープ


「……うまい」

「体が……軽い?」

「腹が……減らない……」


難民たちは、少しずつ笑い始めた。


誰も祈らない。

誰も叫ばない。


ただ、食ってる。



そこへ来たのが、外交官だった。


しかも、複数国。


「無職もやし神殿下」


「殿下言うな!!」


「えー……では、もやし様」


「様もやめろ!!」


外交官は真顔で書類を広げる。


「各国より正式に、

 “もやしの国”への支援と友好条約を――」


「支援いらねぇ!!」


「いえ、すでに送ってます」


後ろを見ると、山。


・鍋

・薪

・塩

・皿

・なぜか巨大スプーン


「支援内容が完全に炊き出し前提じゃねぇか!!」



さらに問題が起きた。


難民が、帰らない。


「……なあ」


元敵国の兵士が、恐る恐る言う。


「ここ、神の国なのか?」


「違う」


「じゃあ、軍事国家?」


「違う」


「……じゃあ、何だ」


俺は答えた。


「腹減ったら来るとこだ」


沈黙。


「……じゃあ、ここで働いていいか?」


「勝手にしろ」


その日から、

畑が増え、

鍋が増え、

国境の概念が薄れ始めた。



そして、最後に来た。


空が、暗くなった。


影が落ちる。


風圧。


「……あ」


嫌な予感しかしない。


降りてきたのは――

ドラゴンだった。


金色。

超巨大。

古代級。


「白き芽の主よ」


喋った。


「噂を聞いた」


俺は頭を抱えた。


「またか……」


「腹が満たされ、戦争を終わらせる存在だと」


「誇張がひどい」


ドラゴンは、鍋を見た。


「……それは、食えるのか」


「野菜だ」


「ほう」


もやし二号が、一歩前に出る。


ドラゴンと、二号。

無言の対峙。


周囲、完全沈黙。



数分後。


ドラゴンは、鍋を持っていた。


「……茹で方を教えろ」


「なんでだよ!!」


だが、食った。


もやしを。


もしゃっと。


沈黙。


次の瞬間。


「……胃が……軽い」


「何百年ぶりだ……」


ドラゴンの目が、潤んだ。


「古傷が……治っている……」


周囲、ざわつく。


「……今日から、ここを守る」


「やめろ!!」


「代価は要らん」


一拍。


「鍋を貸せ」


結局、ドラゴンも炊き出し要員になった。



その夜。


焚き火の前。


人間、獣人、エルフ、ドワーフ、元敵兵、ドラゴン。


全員、同じ鍋を囲んでいる。


誰も剣を持っていない。

誰も祈っていない。


俺は、もやしを齧りながら呟いた。


「……戦争って、こんなんで終わってよかったのか?」


誰かが言った。


「腹が満たされたから、いいんだろ」


別の誰か。


「神は何もしなかったしな」


俺は即答した。


「俺は神じゃねぇ」


だが、誰も訂正しなかった。



こうして。


戦争は終わり、

難民は居場所を得て、

外交は鍋で解決し、

ドラゴンは胃腸を治し、


俺は今日も、無職だった。


ただ一つだけ、

確実に言えることがある。


世界は、腹が減らなくなると、驚くほど優しくなる。


そしてたぶん――

次に問題になるのは、


「この国、正式に何なんだ?」


という、

一番どうでもいいやつだ。


俺は現実逃避するように、

新しいもやしの種を蒔いた。


どうせまた、勝手に増える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る