第30話 同盟国を助けただけなのに、戦争が鍋で終わった件

サンクティア王国からの使者は、地面に額を擦りつけていた。


「同盟国たる“もやしの国”に、正式に軍事支援を要請いたします……!」


俺は畑で紫に光るもやしを引っこ抜きながら、首を傾げた。


「……軍事?」


背後でもやし二号が、何も言わずに立っている。

圧がすごい。草一本揺れない。


「はい……隣国ヴァル=グレイスが国境を越えまして……」


「理由は?」


使者は一瞬、言葉に詰まった。


「……“もやしが危険思想を広めている”とのことで……」


俺は手にしていたもやしを落とした。


「は?」


話を聞けば聞くほど、意味が分からなかった。

サンクティアが最近やたら元気。

兵が倒れない。

民が腹を空かせない。

神殿より鍋が信仰されている。


それが怖いから、先に殴る。

隣国の理屈は、それだけだった。


「……腹減らないのが、そんなに怖いか」


俺が呟くと、もやし二号が静かに頷いた。

なぜ頷く。


結局、断る理由もなく、もやしの国は動くことになった。

というか、勝手に動き始めた。


人間、獣人、ドワーフ、エルフ、キノコ族。

誰も武器の話をしない。

話しているのは、鍋と樽と品種の話ばかりだ。


「回復用は何束持つ?」


「発酵系は後方だな」


「戦場で納豆は混乱するぞ」


「慣れだ」


慣れとは。


戦場は、思ったより普通だった。

剣と槍が並び、魔法陣が展開され、殺気が満ちている。


その後ろに、鍋があった。


ぐつぐつと湯気を上げる鍋を見て、敵国の将軍が眉をひそめた。


「……あれは何だ」


「兵站、かと……」


「なぜ湯気が出ている」


答えは出なかった。


戦闘が始まり、最初に倒れたのはサンクティアの若い兵士だった。


「くっ……腕をやられた……」


次の瞬間、獣人が器を差し出す。


「はい」


「……何だ?」


「回復もやしスープ」


「え?」


飲んだ。


三秒後、兵士は腕を動かした。


「……動く」


五秒後、立ち上がった。


「……なんか、元気」


十分後、もう一杯を要求していた。


その様子を見た別の兵士が、こっそり列に並ぶ。

列ができた。


敵軍が困惑し始める。


「おい、なんであいつら減らない」


「魔法か?」


「祈ってないぞ!?」


祈っていない。

茹でているだけだ。


戦場で最初に折れるのは、心でも剣でもない。

腹だ。


敵兵の一人が、ぼそっと呟いた。


「……そういや、腹減ってない?」


その一言で、全体が揺れた。


そこへ、もやし二号が前線に立った。


何もしない。

ただ、立つ。


それだけで、敵兵の足が止まる。


「……なんだ、あれ」


「近づけない」


「理由が分からない」


もやし二号は首を傾げる。


その瞬間、剣が落ちた。


「……戦う理由、あったっけ」


その言葉を皮切りに、戦場の空気が完全に変わった。


敵味方が混ざり、鍋の周りに集まる。


「これは何派だ?」


「回復だな」


「発酵は?」


「後で」


将軍が頭を抱えた。


「……なぜ戦場で納豆が議論されている」


結局、剣は一度も振られなかった。


ヴァル=グレイスは降伏した。

理由は簡単だった。


「兵が全員、腹いっぱいで戦意を失いました」


書類にそう書かれた。


形式上、領土の一部がサンクティアと、もやしの国に分割された。

敵国の民は怯えた。


「……俺たち、どうなる」


「殺される?」


「全部もやしになる?」


俺は前に出た。


「ならねえよ」


鍋を置いた。


もやし。

品種改良したもやし。

納豆。

ケフィア。


子供が恐る恐る口に運ぶ。


「……あったかい」


母親が泣いた。


「……久しぶりに、満腹です」


老人が聞いた。


「祈らなくていいのか」


俺は答えた。


「腹が満たされたら、それでいい」


その瞬間、また誤解が増えた気がしたが、もうどうでもよかった。


夜。


俺は焚き火の前で座り込んだ。


「……戦争止めたのに、一番疲れた」


もやし二号が静かに立っている。


英雄扱いされ、神扱いされ、戦争を終わらせた存在。

本人は無言。


「なあ二号」


「はい、マスター」


「もうちょい自重しろ」


「努力します」


信用はしていない。


世界は今日も静かだ。

誰も勝利を叫ばない。

誰も敗北を恨まない。


ただ、鍋の音だけがする。


そして俺は、相変わらず無職だ。


敗戦国は、あっさり降伏した。


条件は領地分割。


・一部はサンクティアへ

・一部は、もやしの国へ


その報が流れた時、敗戦国の民は震えた。


「多種族国家が来る」

「神の国だ」

「俺たち、どうなる……?」


噂は勝手に盛られる。


・全員もやしを崇拝させられる

・働かされる

・食事は白い芽だけ


最悪の想像だけが、広がっていた。



俺がその土地に入った時、歓迎はなかった。


あったのは、距離と恐怖だ。


子どもは隠れ、

大人は武器を握り、

老人は諦めた目をしている。


「……あー」


俺は頭を掻いた。


「別に、取るもんないぞ」


誰も信じない。


なので、俺は鍋を置いた。


「腹、減ってるだろ」


沈黙。


「減ってないならいい」

「減ってるなら、食え」


火を起こす。

湯を沸かす。

品種改良もやしを入れる。

現地の芋と豆を刻む。

納豆菌を少々。

ケフィアで整える。


鍋の中で、全てが仲良くなる。


「……匂い、いいな」


誰かが言った。


「食っていいのか」


「いい」


最初に手を伸ばしたのは、子どもだった。


一口。


目を見開く。


「……あったかい」


それだけで、空気が変わった。



老人が食い、

母親が食い、

兵士だった男が食い、


数分後。


「……立てる」

「背中が……楽だ」

「なんか……泣きそう」


泣いた。


何人も。


「奪われると思った」

「罰を受けると思った」

「でも……」


俺は言った。


「腹が減ってる奴は、敵じゃない」


もやし二号が、静かに鍋を運ぶ。


誰かが怯えて聞いた。


「……あの白いのは?」


「二号」


「神……?」


「野菜」


二号が、軽く会釈した。


子どもが笑った。



数日後。


その土地では、畑が増えた。

鍋が増えた。

笑い声が増えた。


信仰?

知らん。


祈り?

してない。


あるのは――


「腹いっぱいです」

「明日も動けます」

「畑、教えてください」


それだけだった。



夜。


焚き火の前で、俺はもやしを食っていた。


「……戦争ってさ」


誰に言うでもなく呟く。


「腹減ってると、ろくなことにならないんだな」


もやし二号が頷く。


《結論:先に食わせる》


「札にすんな」


だが、悪くない結論だ。


こうして。


戦争は終わり、

領地は分かれ、

誰も滅びず、

鍋だけが増えた。


そして俺は、今日も無職だ。


世界を救った自覚もなく、

ただ、次のもやしを考えている。


「……今度は甘いやつ、いける気がする」


世界は、今日も静かに狂っている。


腹が減らない方向へ。

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