第29話 古代災厄ドラゴン、もやし二号を見て黙り込み、鍋を見て完全敗北する

その日、空が割れた。


いや、正確には――

割れた気がしただけだった。


山が震え、雲が渦を巻き、空気が焼ける。


「来たぞ……」

「古代災厄級だ……!」


各国が恐れていた存在。


千年に一度目覚めるという、

古代災厄ドラゴン・ヴァル=グラード。


巨大な翼。

燃える鱗。

世界を睥睨する黄金の瞳。


降臨理由は、これだった。


「――白き芽の神が現れたと聞いた」


世界、終了のお知らせ。



だが。


降り立ったドラゴンの目の前にいたのは――


・無職の男(鍋の前)

・白く細長い人型植物(無言)


ドラゴンは、数秒、沈黙した。


「……?」


もやし二号が、立っている。


威圧:ゼロ

感情:ゼロ

殺気:ゼロ


ただ、いる。


ドラゴンは、慎重に威圧を放った。


ゴォ……という音とともに、

周囲の岩が粉砕される。


――もやし二号、無反応。


「…………」


ドラゴンの内心。


(通らない?

 威圧が、存在そのものに吸われた?)


初めての経験だった。


「貴様……何者だ」


もやし二号は、静かに札を出す。


《命令待機中》


「……?」


ドラゴン、困惑。


(待機?

 余の前で?

 つまり……)


視線が、鍋をかき混ぜている俺に向く。


「……主、か」


「え?」


俺は鍋を混ぜながら顔を上げた。


「何?」


ドラゴン、背筋を正す。


「なるほど……」

「同格存在を従える者……」


「何言ってんだこいつ」



ドラゴンは、改めて名乗った。


「我は災厄」

「世界を焼き、文明を試す者」


もやし二号、無言。


俺、鍋を見て言う。


「腹、減ってる?」


ドラゴン「……?」


「とりあえず、茹でた」


鍋から上がる湯気。

白い細長い何か。


ドラゴンの嗅覚が反応する。


「……妙だ」


「栄養の香り」

「魔力の安定」

「そして……」


腹が鳴った。


――ぐぅ。


沈黙。


ドラゴンは、絶望した。


「……我が、空腹?」


千年ぶりの感覚。


俺は箸で、もやしを差し出す。


「食う?」


もやし二号が、横で頷く。


ドラゴンは、葛藤した。


(災厄が、食事を……?)

(だが……)


一口。



世界が、静かになった。


「…………」


二口。


「……熱くない」

「……胃に優しい」


三口。


ドラゴンの翼が、だらんと下がる。


「……」


五口。


「……なぜだ」


「闘争本能が……消える……」


十口。


ドラゴンは、地面に座り込んだ。


「……満腹だ」


完全敗北。



ドラゴンは、もやし二号を見た。


「……お前」

「この境地に、至っているのか」


もやし二号、札を出す。


《満腹》


「……深い」


深くない。



俺が言った。


「じゃあ、帰る?」


ドラゴンは、静かに立ち上がった。


「……争う理由が、ない」


翼を広げる。


「白き芽の神よ」

「いや、無職よ」


「二度と起こすな、この世界」


「知らん」


即答だった。


ドラゴンは、笑った。


「……だろうな」


そして、帰った。


被害:ゼロ

死者:ゼロ

残されたもの:鍋一つと、伝説一つ。



後日。


世界史にはこう記された。


《古代災厄ドラゴンは、白き芽の前に膝を折った》

《理由は不明》

《ただし、鍋があった》


俺は今日も言う。


「……もやしって、すげぇな」


もやし二号が、誇らしげに札を出した。


《同意》


ドラゴンは、もう来ない。


来る理由が、なくなったからだ。


世界はまた一つ、

腹いっぱいの平和を手に入れた。


なお、俺は無職のままだ。


鍋を火にかけているだけで。

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