第27話 世界初の「もやし学」が創設され、教授陣が全員“知らない”と言っている件

 始まりは、どこの誰とも分からない学者の一言だった。


「……これは、体系化すべきだ」


 それだけで、世界は一歩踏み外した。



 中立都市ルーメル。


 かつては外交と商業の街だった場所に、

 今日、新しい看板が掲げられた。


《国際白芽総合研究院》

(通称:もやし学会)


 誰が許可したのかは不明。

 だが建物はある。

 予算もある。

 なぜか各国の印も押されている。


 世界はもう、

 「分からないものは学問にする」段階に入っていた。



 記念すべき第一回講義。


 広い講堂に集まったのは――

 神殿系神学者。

 王国魔導士。

 農学者。

 軍事理論家。

 なぜか哲学者。


 全員、真顔。


 壇上に立つのは、初代学長。


 白髪。

 目の下に隈。

 人生に疲れた顔。


「……本日は」


 一拍。


「“もやし学”の基礎概論を行う」


 ざわっ。



 スライドが映し出される。


《第一章:もやしとは何か》


 学長は言った。


「結論から言う」


「……分からない」


 会場、沈黙。


「植物である」

「食用である」

「だが、信仰が発生する」


「なぜか?」


 誰も答えられない。


「よって我々は、仮説を立てる」



《仮説1》

もやしは“神の分身”である説


「却下」


 即断。


「神が多すぎる」



《仮説2》

もやしは“発酵と非発酵の境界存在”説


「やや有力」


「だが説明できない」



《仮説3》

無職であることが神性を生む説


 会場がざわつく。


「職業を持たないことにより、

 既存の権力構造に属さず、

 結果として信仰の投影対象になる」


 神学者が震える声で言った。


「……神殿より、説得力があります」


 学長、頭を抱える。



 次の講義。


《応用白芽学Ⅰ:鍋と信仰の相関》


 別の教授が登壇する。


「調査の結果、

 祈りと鍋の同時存在は不可能である」


「は?」


「祈っている間、鍋は沸かない」

「鍋を見ている間、人は祈らない」


「つまり」


 一拍。


「信仰の代替物としての鍋、である」


 軍事理論家が手を挙げる。


「それは……脅威か?」


教授は即答した。


「いいえ」


「空腹が減るだけです」


 軍事理論家、メモを取る。


《対処不可》



 さらに混乱は加速する。


《白芽倫理学》

「もやしを独占してよいか」


《白芽外交学》

「鍋を送る行為は宣戦布告か」


《白芽経済学》

「満腹が続くとGDPはどうなるか」


結論:

全部、分からない。



 昼休み。


 教授たちが食堂に集まる。


 出てくるのは――

 白い芽の入ったスープ。


 一人が呟く。


「……これ、うまいな」


「腹が……落ち着く」


「午後の講義、眠くならないぞ」


 その瞬間。


 全員、顔を見合わせた。


「……これ、研究対象だよな?」


「そうだ」


「……食っていいのか?」


「……分からない」


 全員、黙って食べ続けた。



 午後。


 特別講義が始まる。


《本人証言の試み》


 壇上に立つのは――

 使者。


 無職もやし神の元に行き、

 話を聞いてきたという人物。


「本人は、こう言っています」


 紙を読む。


「“俺は何も考えてない”」


 会場、ざわつく。


「次」


「“鍋を火にかけただけ”」


 哲学者が立ち上がる。


「深い……」


「深くない」


「いや、これは“無為の思想”だ!」


 学長、机に突っ伏す。



 一方、その頃。


 当の本人。


 俺は、畑で土をいじっていた。


「……なんか最近、知らんやつ増えてない?」


 もやし二号が、無言で札を出す。


《国際白芽総合研究院》

《名誉顧問:無職もやし神(本人未承諾)》


「やめろって言え!!」


 もやし二号は頷くが、

 やめる気配はない。



 その夜。


 研究院から、分厚い報告書が届いた。


《最終暫定結論》


・もやしは危険ではない

・だが説明できない

・本人は無害

・だが影響は世界規模


最後の一文。


「よって今後も研究を継続する」


 俺は、書類を閉じた。


「……勉強するより、食えばいいだろ」


 もやし二号が、深く頷いた。


 その姿を見て、

 どこかで教授が論文を書き始めた。


《第二十七報

 “頷き”における神意表現について》


 世界は今日も、

 理解しようとして失敗している。


 そして俺は、今日も無職だ。


 もやしを育てながら、

 学問が暴走する音を聞いていた。


 ――次はたぶん、

 “必修科目”になる。


 鍋の扱いが。

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