第26話 世界もやし問題・第一回非公式緊急会議
――誰も理解していない――
⸻
会議は、静かに始まった。
場所は中立都市〈ルーメル〉。
神殿の影響も、軍事国家の圧も及びにくい――はずの街。
長い円卓。
各国の代表。
机の上には、水差しと書類と、なぜか鍋。
誰も、それに触れようとしない。
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最初に口を開いたのは、王都サンクティアの神殿代表だった。
白いローブ。
疲れ切った顔。
声だけが、かろうじて威厳を保っている。
「……では、議題に入る」
「現在、世界各地で確認されている
“白く細長い植物”についてだ」
誰も異議を唱えない。
全員、知っているからだ。
「まず、我が国の状況を報告する」
神殿代表は、淡々と読み上げる。
「参拝者数、減少」
「施療所利用、激減」
「異端指定……効果なし」
一拍。
「むしろ、指定後に増えた」
沈黙。
砂漠国家ラハ=シームの代表が、手を挙げた。
「……それは、被害なのか?」
神殿代表は、言葉に詰まった。
「……信仰が、減った」
「だが民は?」
「……元気だ」
「腹は?」
「……満たされている」
砂漠代表は、静かに頷いた。
「では、我が国の報告だ」
「反乱:なし」
「暴動:なし」
「脱水症状:例年比九割減」
「原因は?」
神殿代表が聞く。
「……鍋だ」
会議室に、重たい空気が落ちた。
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次に、海洋国家ネレイア。
代表は、妙に明るい。
「船酔いが消えました」
「は?」
「嵐でも吐きません」
「航海日数が伸びています」
「兵も漁師も、やたら元気です」
「原因は」
「……干した白いやつです」
神殿代表が頭を抱える。
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山岳国家グラン=ドゥル。
武人の代表が、腕を組んで言った。
「兵が、折れません」
「精神的に?」
「肉体的に」
「……それは、問題か?」
武人は少し考えてから答えた。
「……訓練が終わらん」
別の意味で地獄だった。
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最後に、神殿国家エル=サンクト。
代表は、青ざめている。
「……教義が、通じません」
「なぜだ」
「民が……」
言い淀む。
「祈る前に、湯を沸かします」
その瞬間、誰かが咳き込んだ。
神殿代表が低く唸る。
「……つまり」
「どの国も、被害はない」
「だが、制御できない」
全員が、ゆっくりと頷いた。
⸻
議題が変わる。
「では、この現象の“中心”は誰だ」
沈黙。
誰かが言った。
「……無職もやし神」
全員が顔をしかめた。
「名前が、ふざけている」
「だが、定着している」
「本人は?」
「否定している」
「……否定しているのに?」
「だから、信じられているそうです」
机を叩く音。
「意味が分からん!」
砂漠代表が、冷静に言った。
「意味が分からないから、流行るのだ」
会議室が静まった。
否定できなかった。
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結論を出す時間になった。
神殿代表が、震える声で言う。
「異端指定は……逆効果だった」
「軍事介入は?」
「敵がいない」
「交易制限は?」
「鍋が増えただけだ」
全員、疲れ切った顔でうなだれる。
そして――
「……静観しよう」
誰かが言った。
「刺激しない」
「関わらない」
「名付けない」
「定義しない」
正式文書に記される。
《白芽事案・静観フェーズ》
それはつまり――
「放置」である。
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会議は解散した。
誰も勝っていない。
誰も負けていない。
ただ、理解できないまま帰る。
⸻
その頃。
当の本人。
俺は、紫に光るもやしを鍋から引き上げていた。
「……跳びすぎだろ」
天井に、頭をぶつける。
もやし二号が、新しい札を立てる。
《紫紋跳躍もやし(食用可/天井注意)》
「注意ってそういう意味かよ!!」
外では世界が徹夜会議。
中では俺が茹でている。
どちらが正しいかは、誰にも分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
――俺が鍋を火にかける限り、
世界は勝手に混乱を続ける。
そしてたぶん。
次も、俺は何も知らない。
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