第24話 世界は腹が減らなくなっただけだった

最初に異変が起きたのは、王都サンクティアではなかった。


東方砂漠国家〈ラハ=シーム〉。

神よりも水を信じる国だ。


その国境の小さなオアシスで、隊商の一人が呟いた。


「……これ、腹が減らねぇ」


手にしているのは、白く細長い野菜。

三日前、行商人から「祈らなくていい食い物」として買ったものだった。


「保存が効く」

「水が少なくて済む」

「塩も要らん」


砂漠において、致命的な長所だった。


三日後。

ラハ=シーム王宮の会議室では、重苦しい沈黙が流れていた。


「……民が、倒れません」


報告官の声が震えている。


「例年なら、この時期は脱水と栄養失調が続出します」

「ですが今年は……」


「腹が、満たされている?」


王は額を押さえた。


「原因は?」


「白い芽状の植物です」

「名は……分かりません」


沈黙。


「神殿は?」


「我が国には、関係ありません」


王は決断した。


「……放置しろ」


この国では、水が神だった。

腹を満たすものは、政治だった。



南方海洋国家〈ネレイア〉では、事情が少し違った。


港町で、漁師が酒場で言った。


「最近、船酔いしねぇんだ」


「は?」


「いや、マジで」


原因は、白い細菜を干した保存食だった。


「腹に入れると、妙に安定する」

「嵐の前でも吐かねぇ」


翌週。


海軍の補給官が、頭を抱えていた。


「……兵が、倒れません」


「は?」


「航海日数が伸びています」

「食糧消費が、減っています」


「原因は?」


「……白いものです」


誰も名前を知らない。


結果。


ネレイアでは、それは

《静海の祝福》

と呼ばれるようになった。



北方山岳国家〈グラン=ドゥル〉。


武の国だ。


そこでの評価は、単純だった。


「……強くなった気がする」


「気のせいだろ」


「いや、素振りが軽い」


白い細菜は、兵舎で“飯の嵩増し”として使われていた。


三週間後。


訓練報告書には、こう書かれた。


『理由不明だが、持久力が向上している』

『怪我の治りが早い』


将軍は一言だけ言った。


「……兵站神か」


誰も否定しなかった。



神殿国家〈エル=サンクト〉では、最悪だった。


「神名なき信仰が広がっています!」


「どんな教義だ!」


「……教義が、ありません」


「は?」


「祈らない」

「集会しない」

「布教もしない」


「では何を信じている!」


報告官は、困った顔で答えた。


「……腹が満たされること、です」


会議室は沈黙した。


否定しようがなかった。



こうして。


世界各地で、同じ現象が起きていた。


・反乱は起きない

・武器は持たない

・神殿も壊さない


ただ、腹が減らなくなる。


その結果。


信仰だけが、増えていく。


誰が始めたか分からない。

誰に許可を取ったわけでもない。


共通しているのは、ただ一つ。


「名前がない」


だから、各地で勝手に呼ばれた。


・無名の神

・白き芽の御方

・満腹を司るもの

・祈らずに効く存在


そして、どこかで必ず付く呼び名。


無職もやし神



その頃。


当の本人は、廃小屋で頭を抱えていた。


「……また失敗した」


焦げたもやしの山。


「属性付けると苦くなるんだよな……」


横には、銀貨の入った袋がいくつも転がっている。


「……なんで金増えてんだ?」


首を傾げる。


世界がどうなっているかなど、知らない。


祠が増えていることも。

神殿が慌てていることも。

各国の官僚が徹夜していることも。


知らない。


知っているのは一つだけだ。


「……次は、甘いやつ作りたいな」


世界は今日も、勝手に信仰を増やしている。


神が何もしないからこそ。


そして誰も、

この信仰がどこまで広がるかを、

まだ知らない。

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