第23話 王都サンクティア、気づいたら“もやしの香り”がする

王都サンクティアは、格式ある都だった。


白い石畳。

尖塔の並ぶ神殿群。

貴族が闊歩し、民が頭を下げる、

“正しさ”で出来た街。


少なくとも――

昨日までは。



最初の異変は、取るに足らないものだった。


朝市の一角で、

老婆が奇妙な露店を出していた。


「……新鮮だよ」


籠の中にあるのは、

白くて細長い、見慣れない野菜。


「なんだい、それは?」


通りすがりの主婦が聞く。


「……もやし」


「もやし?」


老婆は、やけに誇らしげに言った。


「三日で腹が減らなくなる」


その日、露店は完売した。


王都の裏路地。


「おい……聞いたか?」


「例の白い野菜の話か?」


兵士の休憩所で、

そんな会話が交わされていた。


「昨日食ったらな……」


一人の兵士が声を落とす。


「……古傷、痛まなくなった」


「は?」


「いや、マジで」


「それ、神殿案件じゃね?」


「だから言うなって」


二人は、

ひそひそと、もやしを分け合った。


神殿の施療所。


「……次の方」


神官が顔を上げる。


そこに立っていたのは、

明らかに健康そうな男だった。


「どうされました?」


「確認なんですが」


男は、真剣な顔で言う。


「もやしを食べれば、祈りは不要ですか?」


神官は、その日三度目の沈黙を味わった。


噂は、必ず“言い換え”られる。

•もやしは万能

•もやしは祝福

•もやしは神の試練

•もやしは神殿が隠していた


最後のやつが、

最も危険だった。


王都神殿・会議室。


司祭が報告する。


「市井にて、未承認植物信仰が確認されました」


「……またか」


司祭長は眉を押さえた。


「発酵の次は何だ?」


「白く、細長く……」


「やめろ、言うな」


「もやしです」


沈黙。


「……異端か?」


若い司祭が恐る恐る聞く。


「……」


司祭長は考えた。


殴られていない。

攻撃されていない。

奇跡も名乗っていない。


ただ――


「……増えている」


それだけだ。


「保留だ」


その判断が、

致命的に遅かった。


王都中央広場。


誰かが言った。


「神殿の施し、足りなくない?」


「でも、もやしは足りてるよな」


「……もやしの方が、早いし」


別の誰か。


「祈るより、茹でた方が効く」


その瞬間。


信者は、信者であることを自覚した。



■信仰、成立


誰が最初に言ったのかは分からない。


だが、その呼び名は定着した。


「無職もやし神」


・名前が分からない

・職業が無職

・だが奇跡が出ている


条件を満たしすぎていた。


絵が描かれた。

彫像が作られた。


白く細長い影の後ろに、

顔の見えない人影。


説明文はこうだ。


「この方は名を持たぬ」

「ゆえに、すべての民のものである」


神殿は、頭を抱えた。



■貴族、最悪の勘違いをする


貴族街。


「……つまり、もやしを押さえれば」


「民心を、取れる」


「いや、神になれる」


翌日。


豪奢な邸宅の前に立つ貴族の前で、

群衆が静かに立ち止まった。


「……あれ?」


「もやし、奪われた?」


次の瞬間。


静かな声が、

一斉に重なる。


「返せ」


貴族は、その日で“元・貴族”になった。



■王都の現状(公式発表)

•王都の治安:良好

•暴動:なし

•武力衝突:なし


ただし。

•神殿参拝者:減少

•施療所利用者:激減

•王都中の鍋:湯気


官僚の報告書には、

こう書かれた。


「民は落ち着いているが、

どこか満腹そうである」


王都の片隅。


露店で、もやしを売る少女が呟く。


「……ねえ」


「もやし神さまって、

 何してる人なんだろ」


隣の老婆が答える。


「知らないよ」


「でもね」


一拍。


「何もしないから、信じられるんだろ」


その頃。


当の本人は――

どこかで黙々と、

新しい品種を失敗させていた。


王都が信仰に染まっていることなど、

露ほども知らずに。

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