第22話 王国書類局・第七管理課、もやし案件につき業務停止中
王国中央庁舎・地下三階。
日の光が一切届かないその区画に、
王国書類局・第七管理課は存在していた。
ここは、英雄の栄光も、貴族の陰謀も、
ましてや神の奇跡も関係ない場所だ。
あるのは――
報告書。申請書。差し戻し。
そして今日。
机の上に積まれた紙束が、
ついに“壁”になっていた。
「……なあ」
ペンを握ったまま、若手官僚のルーディが言った。
「これ、何件目だ?」
向かいの机で、目の下に深い隈を作った先輩官僚バロスが、
虚ろな目で答える。
「“例の件”だけで……三百二十七」
「もやし……ですよね」
その一言で、部屋の空気が一段重くなる。
⸻
■案件名(仮)
《未確認植物性存在および関連国家的影響に関する包括報告》
通称:
もやし案件
⸻
「最初は、ただの農業報告だったんだ……」
バロスは遠い目をした。
「地方都市で、謎の白い野菜が流通してる、ってな」
「白い野菜、くらいならよくあるじゃないですか」
「問題は次だ」
バロスは、一枚の報告書を引き抜いた。
・摂取した高齢者の腰痛が改善
・三日間もやしのみで生活可能
・信仰対象として祈られ始めている
「……野菜ですよね?」
「野菜だ。
野菜であってほしかった」
⸻
■第二波
書類は止まらなかった。
・神殿、発酵概念を異端指定
・発酵食品摂取者、体調改善
・信者数増加
「発酵って……腐敗の親戚みたいなものですよね?」
「神殿はそう判断したらしい」
「結果は?」
「民が神殿より、
納豆っぽいものを信じ始めた」
ルーディは、静かにペンを置いた。
「……これ、宗教案件では?」
「農業案件だ」
「国家安全保障では?」
「農業案件だ」
「もう意味分からないです」
「俺もだ」
⸻
■第三波(決定的)
書類局に届いた一通の報告書。
・勇者パーティー、謎の人型植物に敗北
・植物、圧力のみで軍勢を制圧
・死者なし(精神崩壊多数)
「……植物?」
「植物だ」
「人型?」
「人型だ」
「もやし?」
「もやしだ」
二人は、同時に天井を見上げた。
⸻
■差し戻し地獄
問題は、
どの部署も受け取らないことだった。
•騎士団
→「戦闘行為が確認できない」
•神殿
→「異端だが、我々の管轄外」
•農業省
→「農業の範疇を超えている」
•外交局
→「相手国の名称が未確定」
「国名欄、どう書いてます?」
「仮でこう」
バロスは書類を見せた。
国名:未定(通称・もやしの国)
「怒られません?」
「三回怒られた」
⸻
■上司、壊れる
そこへ、課長が現れた。
白髪交じり。
眼鏡はズレ。
書類を抱えすぎて腕が震えている。
「……お前たち」
「はい」
「もやし案件だが」
二人は直立した。
「もう……」
課長は、絞り出すように言った。
「見なかったことにできないか」
「国家案件です」
「だよな……」
その瞬間、課長は笑った。
笑って、泣いた。
「なんで……
なんで俺が官僚になった頃は、
税率の話だけしてればよかったんだ……」
⸻
■結論(未承認)
最終的に作成された“暫定結論”。
・当該存在は敵意なし
・攻撃行動なし
・むしろ供給過多
・民意が完全に味方
そして最後の一文。
「刺激しないことが最優先」
ルーディは呟いた。
「……これ、勝った扱いなんですか?」
バロスは、机に突っ伏した。
「知らん……
だが一つだけ確かなことがある」
「何です?」
「俺たち官僚は――」
一拍。
「もやしに負けた」
⸻
その日。
王国書類局・第七管理課は、
**正式に“業務過多につき一時閉鎖”**となった。
理由欄には、こう書かれている。
「原因:説明不能」
そして、王国史の片隅に、
誰にも読まれない備考が残る。
※なお、当該案件の発端となった人物について、
本名・爵位・職業は現在も不明である。
通称のみが、民間で定着している。
――無職もやし神。
官僚たちは知らない。
本人が、
その通称すら気に入っていないことを。
ただ今日もどこかで、
品種改良に夢中なだけだということを。
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